タミルの18人のシッダの伝統

南インドのタミル地方で、「18人のシッダ(パッティネットゥ・シッダ)」と呼ばれる伝統的な思想潮流があります。
シヴァ神を信仰するので、シヴァ教の一派、特に「聖典シヴァ派」とも言えますが、ヨガ、医学(シッダ医学、シッダ・ヴィディヤー)、錬金術、哲学、占星術などが複合した独特の伝統です。

パラマハンサ・ヨガナンダ(ビートルズやスティーブ・ジョブズが傾倒していたことでも知られる)に代表される「ババジ」の信仰や「クリヤー・ヨガ」も、この潮流から生まれました。
ですが、南インドのタミル語の思想は、近・現代的な研究が、まだほとんどなされていないため、明確なことが分かりません。

「18人のシッダ」の伝統は、海に沈んだ古代大陸クマリ・ナドゥに発するという伝説(1Cのタミルの叙事詩「シラッパディハーラム」に記載)があります。
この教えは、シヴァ神がナンディやアガスティヤルに伝えたのが最初とされます。

「シッダ」とは、悉地(神通力、超能力)を獲得した成就者(解脱者)です。
「18人のシッダ」の伝統では、「八大悉地(八大成就)」と共に、「カーヤカルパ(身体成就)」と呼ばれる「不死の身体」を伴う解脱「ソルバ・ムクティ」を目指します。

そのための方法は、錬金薬、呼吸法や、チャクラへの集中、クンダリニー・ヨガなどのヨガです。
ちなみに、「18人のシッダ」の伝統として現代に伝えられている「クリヤー・ヨガ」は、動きのあるハタ・ヨガ(ヴィンヤサ・ヨガ)、マントラ・ヨガ、バクティ・ヨガ、クンダリニー・ヨガ、ディヤーナ・ヨガ(観想法)などの総合ヨガです。


<18人のシッダ>

18人のシッダの名前は、必ずしも定説となっておらず、場合によっては、18人以上が挙げられることもあります。
多くは、実在性に関しても良く分からない、伝説的な存在です。

まず、実在すれば、3-5C頃の人物を思われる、初期の重要な4名のシッダを紹介します。

ナンディ・デーヴァルは、シヴァの第一の弟子であり、カイラス山の守護者であり、一千万年の苦行をして、シヴァの乗り物である「雄牛」になったとされます。

ティルムラルは、カイラス出身の人物で、ナンディを師とします。
最古の医学的な詩の文献「ティルマンティラム」を著し、ここでは、10のヴァーユ(プラーナ)、10のナーディ、胎生学などを記しています。
彼は、「身体は神の歩く神殿」であり、「神体を傷つけると魂も傷つける」と書いています。

「タミルの守護聖人」であるアガスティヤルは、「タミルのヒポクラテス」とも呼ばれる医学の大成者で、彼に帰される342の医学書があるとされます。
また、タミル語の文法論を定式化したとされます。
「リグ・ヴェーダ」にもミトラの息子のアガスティアという聖仙が記載されており、時代は違いますが、彼は同一人物とされます。

ボーガル(ボーガナタル)は、タミル生まれで、錬金術に熟達し、合成薬の製造法を記した「ボーガル・サラック・ヴァイプ」、身体の保護と霊薬を記した「ボーガル・カルパム」、呼吸法を記した「ボーガル・ヴァシヨーガム」など著しました。
中国に赴いて老子になったとも言われています。
アガスティアを師とします。

その他のシッダも紹介します。

通常、18人に入れられないのですが、ババジ・ナガラジは、3Cにタミルに生まれた人物とされますが、伝説的なシッダで、様々な時代に様々な場所に現れ教えを説いたとも言われます。
父はシヴァ寺院の僧侶でしたが、ババジは子供の頃にさらわれて奴隷として売られ、その後、サンニャーシン(サドゥー、遊行の修行者)に加わり、スリランカのボーガルの寺院で彼に出会います。
ボーガルに指導を受けた後、アガスティヤルに呼吸法を習うように言われ、タミルでアガスティヤルの指導を受け、不死の解脱(ソルバ・サマディ)を獲ました。
その後は、時代を越えて姿を現して、シャンカラ、カビール、ラヒリ・マハサヤ(パラマハンサ・ヨガナンダの師の師)、ヨーギ・ラマイアなどに指導を行ったとされます。

また、「ヨガ・スートラ」を著したパタンジャリも、「18人のシッダ」に入れられ、ナンディの弟子とされます。
「ヨガ・スートラ」と「18人のシッダの伝統」の思想は明らかに異なりますが、有名人物ということで、入れられているのでしょう。

ハタ・ヨガの創始者のゴーラクナート(ゴーラクシュ・ナータ)の名も見られますが、同じ人物かどうかも含めて、良く分かりません。


<錬金術とシッダ医学>

「18人のシッダ」の伝統の身体観・自然観は、粗大・微細な五大元素をベースにした、マクロコスモスとミクロコスモスの照応です。
それらは、錬金術や占星術、医学でにおいても見られます。

南インドの錬金術(ラサ・シャーストラ)は、アラビアや中国の錬金術の影響を受けながら、8Cに最盛期を向かえました。
水銀を「シヴァ神の精子」、硫黄を「パールヴァティの卵子」、丹砂(硫化第二水銀)を2人の合体であると考えました。
また、水銀を精錬した金属灰(バスマ)はマントラと同じであるとしました。

一方、北インドの伝統医学アーユル・ヴェーダに対して、南インドの伝統医学は、「シッダ医学(シッダ・ヴィディヤー)」と呼ばれます。
もちろん、薬草は重視されますが、錬金術を重視し、解脱への行法と一体で、不死の身体の獲得を目指すものであるため、より秘教的性質が高いと言えます。

シャクティ教シュリー・クラ派の儀礼と行法

シュリー・クラ派(シュリー・ヴィディヤー派)の宇宙論に続いて、このページでは同派の儀礼と行法を紹介します。

シュリー・クラ派は、シャクティ教(ヒンドゥー教シャクティ派)の中でもタントラ色の濃さで代表的な宗派です。
カシミールのシヴァ派文献は、「シャイヴァ・シッダーンタ」と呼ばれるものが顕教、「バイラヴァーガマ」と呼ばれるものが密教という側面があり、シュリー・クラ派は後者に属します。

タントラ派はどの派でも、外的儀礼を内的儀礼化します。
つまり、神を招いて供養する儀礼は、神に一体化する成就法とします。

神を招くことは、観想として行なわれます。
飲食物の供養は、マントラとムドラーを捧げることとなります。
こうして三密によって一体化します。
具体的には、多くの場合、「ニヤーサ」と呼ばれる、マントラをヤントラや神像などに布置していく作業が中心となります。

同時に、プラーナをコントロールするヨガをそこに付け加えます。
儀式において使われる「火」は下部のチャクラから上昇する「クンダリニー」、「水」は頭部のチャクラから下降する「アムリタ」に対応させて実践します。


以下、シュリー・クラ派の内的儀礼=成就法について紹介します。

<アルグヤ儀礼の内的儀礼化>

甘露を象徴する女神(アムリテーシー)とその忿怒の配偶神(アーナンダヴァイラヴァ)に、水を献供する儀礼を、内面化した成就法です。

器に入った水は、ヤントラ(この派ではマンダラという言葉も使われます)の中心に置かれます。
ヤントラは、上向き、下向きの三角形の組み合わせで作られ、その回りが円、その回りが四角形で囲まれています。
ヤントラの外側から内側に向かって、四角→三角→中心の器→水、とマントラ(ヴィディヤー)を順にニヤーサ(配置)します。

この外から内に向か4段階は、内面化されて、体の中で中央管を上昇する4段階に対応させます。
具体的には、中央管の外の6肢→ムーラダーラ・チャクラ→アナハタ・チャクラ→アジニャー(ヴィシュダ)・チャクラ、です。
3つのチャクラは、火(クンダリニー)、太陽、月(アムリタ)という3つの輝きに対応します。

1 外の四角:6肢(頭、髭、心臓、眼、鎧、武器)
2 三角  :ムーラダーラ:火 :クンダリニー
3 中心の器:アナハタ  :太陽
4 中心の水:アジニャー :月 :アムリタ

各チャクラにマントラを置くだけなら、中期密教の五字厳身観に近い行法ですが、プラーナのコントロールを行なって、クンダリニー・ヨガを伴わせることも行えば、後期密教の行法に近いものになります。


<プラーナーヤーマの内的儀礼化>

呼吸法にビンドゥ・ヨガを組み合わせた行法です。

次のようにプラーナをコントロールして、呼吸を行います。

1 マントラ念誦を行いならが、左鼻から息を吸い、イダー管にプラーナを入れる。
2 プラーナを中央管に入れて保持する。
3 プラーナをピンガラ管に出して、右鼻から息を吐く。

同時に、3つのチャクラに、下記3根本マントラを、赤く光らせながら観想します。

・ブラフマランドラ   :月 :サウフ
・フリダヤ・チャクラ  :太陽:クリム
・ムーラダーラ・チャクラ:火 :アイム


<クンダリニー・ヨガ>

クンダリニー・ヨガでは、ムーラダーラからクンダリニーを上昇させ、眉間でアムリタを垂らします。 
ですが、シュリー・ヴィディヤー派では、下記のように3つのチャクラに3種類のクンダリニーが眠ると考えます。
ムーラダーラ・チャクラに眠るクンダリニーは「クラクンダリニー」と呼ばれ、アジニャー・チャクラにあるものは「アクラクンダリニー」と呼ばれます。
「クンダリニー」という概念が、プラーナの凝縮したエネルギー、あるいは、溶解液として、広義に使われているのでしょう。

・アジニャー・チャクラ :月のアクラクンダリニー:シヴァ、アムリタ
・フリダヤ・チャクラ  :太陽のクンダリニー
・ムーラダーラ・チャクラ:火のクラクンダリニー :シャクティ


<プラーナーヤーマ的クンダリニー・ヨガ>

シュリー・ヴィディヤー派では、マントラとクンダリニーが、同一視できる存在と考えられています。
シュリー・ヴィディヤーのマントラの念誦を、中央管内のエネルギーの集中に対応させます。

具体的には、上記の3つのチャクラにある3つのクンダリニー・エネルギーと、3部分に分けられたマントラを対応させます。
そして、下から順に、3部分のマントラを唱えながら、音とエネルギーを、中央管の3チャクラに集中して満たします。
この時、クンダリニーを上昇させるのではないようですが、上昇のベクトルを持って、3部分へ順に集中させるようです。


<チャクラ・プージャーの内的儀礼化>

ヤントラを使った「チャクラ・プージャー」という瞑想法を紹介します。
12Cの聖典『ヨーギニーダヤ』を元に、その概要を説明します。

この瞑想法は、女神を招き・供養する日常的な儀礼を、内面的に解釈して解脱を目的とする修行的な瞑想法にしたものです。

「チャクラ・プージャー」で使われるのは「シュリー・チャクラ(シュリー・ヤントラ)」というヤントラです。
「シュリー・チャクラ」は、同心円状に9の部分(=チャクラ)から成ります。
これは宇宙論的な階層でもあり、そこに勧請する(それぞれに対応する)神格も階層的です。
上向きの三角はシヴァ、帰滅を、下向きの三角はシャクティ、創造を象徴します。

瞑想では、最高女神「トリプラスンダリー」とその他の女神たちなどを、外から順に観想します。
階層の低い女神から、根源である最高女神(シャクティ、プラクリティ)へと帰滅することが解脱となります。

9のチャクラは、外から、3重線、16弁の蓮華、8弁の蓮華、14個の三角形、10個の三角形、10個の三角形、8個の三角形、中央の三角形、中央の点から成ります。
花弁や三角形には、それぞれに女神たちなどが勧請(観想)されます。

観想される神などは、1人の「主宰女神」と、複数の「従属女神」と、その他の3つに分けられます。

1 3重線   :主宰女神、8母神(従属女神)、10のシッディ女神
2 16弁の蓮華 :主宰女神、16人の従属女神
3 8弁の蓮華 :主宰女神、8人の従属女神
4 14個の三角形:主宰女神、14人の従属女神
5 10個の三角形:主宰女神、10人の従属女神
6 10個の三角形:主宰女神、10人の従属女神
7 8個の三角形 :主宰女神、8人の守護女神(従属女神)、9人の師
8 中央の三角形:主宰女神、3人の聖地の女神(従属女神)、4つの武器
9 中央の点  :最高女神

「主宰女神」はマントラとムドラーで供養し、「従属女神」はマントラだけで供養します。
マントラとムドラーは各女神に固有のものです。
9つのチャクラで観想・供養される「主宰女神」は、それぞれ別の女神ですが、すべて「トリプラ」で始まる名前なので、実際は最高女神「トリプラスンダリー」の化身です。

シャクティ教シュリー・クラ派の宇宙論

「シュリー・クラ派」は、シャクティ教(ヒンドゥー教シャクティ派)の中で、最も古くその思想を体系化した派で、「シュリー・ヴィディヤー派」とも呼ばれます。
ハタ・ヨガ系経典とされる「シヴァ・サンヒター」はこの派に属します。
このページでは、同派の宇宙論を紹介します。

シュリー・クラ派は、「シャクティ」から展開した次の4側面のそれぞれが照応すると考えます。

・「対象からなるもの」  :36原理から展開されたマクロコスモス(世界)
・「語からなるもの」   :「最高の語」からの次の4段階で展開された言葉
・「チャクラからなるもの」:シュリー・チャクラなどのヤントラ
・「身体からなるもの」  :チャクラ、クンダリニーからなる人間の身体 
 
「語からなるもの」は、「最高の語」<「世界の青写真」<「展開中の不分明な世界」<「分節化された世界」という言語の4階層からなります。
ヴェーダーンタ哲学のバルトリハリの言語神秘主義哲学の影響を感じます。

この派の宇宙創造論として、2種類を紹介します。
まず、おそらく古いと思われるもの(下記表B)です。

最初に、ア字で象徴される「シヴァ」と、ハ字で象徴される「シャクティ」がいます。
次に、質料である「ビンドゥ」、音・言葉である「ナーダ」の2つ(この2つは一体で「複合ビンドゥ」とも呼ばれます)、そして、「白い男性の心滴」、「赤い女性の心滴」が生まれます。
この4者が合体して、「カーマ・カラー」という愛の力が生まれます。
これが、主神の「トリプラスンダリー」、あるいは「ラリター」です。

この女神は、「シヴァ」と「シャクティ」の合体であり、個性を持った存在で、「個我」はこの女神から生まれ、実体として展開されます。

次に、より精密な、36原理の展開による宇宙創造論(下記表A)です。
これは、基本的にカシミール・シヴァ派の宇宙論と同じです。
タントラの他派と同様に、サーンキヤ哲学の25原理の上に、有神論的な原理を置くものです。

まず、「シヴァ」と「シャクティ」の一体の存在があります。
そこから、「永遠のシヴァ」、「限定されない能力」、「限定されない知」の3原理が生まれます。
次に、「物質創造原理(マーヤー)」、「限定された能力(カラー)」、「限定された知(ヴィディヤー)」の3原理が生まれます。
次に、「特定の対象に対する執着(ラーガ)」、「時間(カーラ)」、「特定の業の影響を被る被限定者性(ニヤティ)」の3原理が生まれます。

以上で11原理です。
次の展開は、ほぼサーンキヤ25原理と同じです。


宇宙論の階層A宇宙論の階層B
シヴァ/シャクティシヴァ/シャクティ
永遠のシヴァ
限定されない能力
限定されない知
ビンドゥ
ナーダ
マーヤー
カラー
ヴィディヤー
白い男性の心滴
赤い女性の心滴

ラーガ
カーラ
ニヤティ

トリプラスンダリー
(カーマカラー)
サーンキヤ哲学25原理サーンキヤ哲学25原理