アトランティス伝説とオリエント神話

「ティマイオス」では宇宙論を語る前にプラトンの先祖であるソロンがエジプトで神官から聞いた話として、超古代のアトランティスとアテナイをめぐる歴史がほんの少しだけ語られます。
これは古代史をテーマにした次作「クリティアス」の予告篇のようなものです。


これによると、当時から数えて9千年前に、「ヘラクレスの柱」(ギリシャ世界の果てにある海峡で、ギリシャ世界の盛衰によって時代によって違う海峡を指していたかもしれませんが、一般に大西洋に抜けるジブラルタル海峡と解釈されてきました)の向こうにある広いアトランティス島(古代のエジプトでは「島」という言葉は半島などの海岸に面した地方を指すこともあります)に強国があって、これが海峡の内側である地中海世界にまで支配権を及ぼしていました。


ですが、女神アテナから授けられた秩序を持つ理想的な国であったアテナイが、アトランティスを撃退して地中海世界に独立をもたらしました。
ですが、大洪水が起こって、アトランティス大陸は沈んで滅び、アテナイも一から文化を築き直すことになったのです。
この時、ギリシャから古い歴史の記録は失われましたが、エジプト人は記録を残しました。


おそらく、ソロンがエジプト神官からアトランティス伝説を聞いたことは史実でしょうし、プラトンもアトランティスの物語を史実だと考えていたと思われます。
ですが、このエジプト人が記録したアトランティスとアテナイの戦争は、トロイ戦争を表わしていたと解釈することができます。


実際、アトランティスの記述はトロイの姿とそっくりですし、トロイ人は自分達の神話的な先祖をアトラスと考えていました。
「アトランティス」とは「アトラスの娘達」という意味です。
アトラスはギリシャ神話では天を支える古いティターン神族の神で、ヘラクレスが黄金のリンゴを取ってくるように頼んだ相手です。
エジプト人が記したギリシャ人の言う「ヘラクレスの柱」とは、ジブラルタル海峡ではなくて黒海に抜けるボスフォラス海峡かダーダネルス海峡を意味したのです。


アトランティスとの戦争を含む古代ギリシャ史を扱った「クリティアス」が未完に終わった理由は、おそらくプラトンがそソロンの記録を本格的に調べているうちに、これがトロイ戦争のことを示した不正確な記録であると気づいたからでしょう。


プラトンがアトランティスの物語で強調したのは、あくまでも現実の過去のアテナイが、プラトンが理想とするような社会体制を持っていたことです。
ですが、プラトンの意図や史実はどうであれ、アトランティスとの戦争が「ティマイオス」で宇宙論を語る導入として記されたため、少なくとも無意識のレベルではその宇宙論的な象徴性が問題となります。
もともと、エジプト人がトロイ戦争の歴史を記録した時に、そこにオリエントの宇宙論的「神話」が重ねられて、その時点で「伝説」になっていたのかもしれません。


9千年という時間は、ズルワン主義では宇宙が生滅・循環する時間であって、ゾロアスター教で宇宙が物質世界で作られてから最終戦争を経て完成するまでの時間です。
ですから、9千年前のアトランティスとアテナイの戦争は、1周期前の宇宙の物語に相当すると考えることができるのです。


そして、この物語はゾロアスター教やミスラ教の宇宙論とそっくりなのです。
つまり、地中海の果てから侵略してくるアトランティスは、闇の国から宇宙に侵略するアフリマンに相当します。
そして、これを撃退する女神アテナから授けられた理想的な秩序を持つ国アテナイは、アフラ・マズダやミスラによって完成された終末の神の国に相当します。
そして、洪水による世界の滅亡と新たなる誕生は、大いなる火による世界の浄化・消滅と新たな宇宙の誕生に相当します。


「ティマイオス」の宇宙論では悪神は語られず、宇宙はできる限り理想的な姿に創造され、消滅することなく永遠に存続します。
そして、不完全な存在が完成を目指します。
ですが、現実のギリシャの歴史は堕落を経験したのです。
そして、プラトンは意図せずして、ペルシャやバビロニアで語られた悪神と善神が抗争する宇宙観と象徴的な同じ物語を過去の歴史として記していたのです。


ですが、アトランティス伝説は19世紀以降の神秘主義者によって、プラトンの意図からもここで解釈した象徴性からも離れて、様々な空想や象徴の素材となりました。

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