ヘルメス主義

ヘレニズム~ローマ期の地中海世界最大の文化都市だったエジプトのアレキサンドリアでは、ヘルメス・トリスメギストス(ギリシャとエジプトの言葉と学問の神が習合したヘルメス=トート神)による啓示という形で、『ヘルメス文書』と総称される多数の書が書かれました。
「ヘルメス選集」の「ポイマンドレース」や、「アスクレピオス」などが代表書で、ナグ・ハマディ文書の一部も含みます。


ヘルメス文書の多くは、アレキサンドリアを代表するセラピス神殿の神官達によって書かれたのではないかという可能性が指摘されています。


ヘルメス文書で語られる思想には雑多なものが含まれていますが、総称して「ヘルメス主義」と呼ばれます。
ヘルメス主義はプラトン主義、グノーシス主義、ズルワン主義など様々な思想の影響を受けたハイブリッドな思想です。
ヘルメス文書の半数近くは、グノーシス主義的な反宇宙論、つまり、宇宙の創造神(デミウルゴス)を悪神とします。


ヘルメス文書には「占星術」、「魔術(降神術)」、「錬金術」を内容としたものも含まれます。
これらはいずれもこのヘレニズムの普遍的な万物照応の宇宙論を共有した不可分な存在です。
「占星術」は上位の世界である星の世界の影響が、いかに地上に現われるかを扱っています。
「魔術」はより積極的に、天上的な力をコントロールして地上に降ろして作用させることを扱います。
そして、「錬金術」は自然の物質を成長させて高めるためのものです。



<ポイマンドレース>


姉妹サイトで紹介した『ポイマンドレース』の神話をお読みください。

「ポイマンドレース」は、宇宙は至高神とは異なるデミウルゴス(創造神)から作られ、惑星の霊は「アルコーン(支配者)」、その支配は「宿命」と呼ばれる点が反宇宙論的で、グノーシス主義的傾向がややあります。
そして、人間は神に等しいアントロポス(原人間)として作られたものの堕落したため、星辰界を超えて至高神のもとにまで還ることを目指します。


この項では神智学的観点から解説を加えます。


「ポイマンドレース」では、至高存存「ポイマンドレース(絶対の叡智)」を、父であり光である「霊的知性(ヌース)」と考えます。
これを「光が無数の力からなり、世界が無際限に広がり、火が甚だ強い力によって包まれ、力を受けつつ序列を保っている様」と表現しています。
ここには、至高存在を、光の強度、力のやり取り、様々な度合の微細な生成運動として捉えるような発想があると思います。


原人間の「アントロポス」は、至高の父に等しいような神的存在で、その「似像」と表現されます。
至高の父はこの「似像」を愛します。


そして、そのアントロポスは地上の水に映った自分の「像」に愛着を抱いて堕落した結果、地上の人間の霊魂の運命が始まります。
アントロポスという「似像」にはヌース(ロゴス)が存在するのですが、地上の水の「似像」にはロゴスが存在しないのです。
ポイマンドレースの神話には、自分自身と自分のイメージ(自我)を取り違えるというテーマがありますが、そこには善悪2つの段階が区別されているのです。


このヌース=神の息子が「ロゴス」であるのに対して、神の「プーレー(意図)」という女性的存在(娘)が存在します。
「プーレー」は「知的」な存在と、盲目的な存在の中間の存在ではないでしょうか?
この「プーレー」から闇であり素材的存在である「フュシス(自然・本性)」が生まれます。
これも女性的存在で、「ロゴス」を受け入れて、「火・空気」の元素を生みますが、「水・土」の元素はロゴスを失って「質料」となります。


「水・土」にロゴス(形・性質)がないというのはプラトン/アリストテレスとは異なる考え方です。
「フュシス」と「質料」はともに「ロゴス=イデア」という形・性質を欠いたものであるにもかかわらず、2つを別の存在としています。
このように女性的・素材的原理に対する独自な考え方が「ポイマンドレース」の特徴の一つです。

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<アスクレピオス>


「アスクレピオス」は、「ポイマンドレース」と類似したテーマを扱った書ですが、「ポイマンドレース」がグノーシス主義的であるのと反対に、宇宙には神性があると主張します。
星辰は善なる神々であり、人間は至高神ではなく、星辰の世界に還ることを目指します。
人間は神的な本質を持ってはいますが、至高神から直接作られた存在とは表現されず、星辰の出とされます。
そして、人間を賛美し、生殖行為も肯定するような現世肯定的思想を持っています。


また、降神術的魔術を使った神像の作成法が書かれており、この点で後世に影響を与えました。
特別な植物や鉱物によって像に神的な力を付与し、儀式と共に神霊(ダイモン、天使)に祈念して像の中に神々の霊魂を注入するのです。


他の特徴としては、太陽を可視の神として重視すること、輪廻思想を持っていること、エジプトの宗教や法律が復活することを予言していること、などがあります。



<タトと語らった秘密の対話>


「ヘルメス選集」の中の「ヘルメス・トリスメギストスが山上で彼の子タトと語らった秘密の対話」には、人間の浄化・復活の際に、10の諸力(知識・喜び・堅実・忍耐・正義・寛大・真理・善・生命・光)が、12宮に由来する12の懲罰(悪徳)を追放すると主張されており、興味深いものです。


「ポイマンドレース」では、天球の上昇によって、7惑星に由来する7つの悪徳を捨てるのに似ています。

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