秘密集会タントラの思想

「秘密集会(グヒヤサマージャ)タントラ」は、8C後半に生まれた経典です。
第4段階の密教「無上(アヌッタラ)ヨガ・タントラ」の、「方便・父(ウパーヤ・ヨーギン)タントラ」に属します。

「父タントラ」を代表する経典で、チベットのゲルグ派では根本タントラとして最も重視します。

このタントラは、「無上ヨガ・タントラ」の初期に生まれた経典ですが、その後も、後から生まれた経典を取り入れながら、発展し続けました。


この経典は、「あるとき、世尊は一切如来の身語心の精髄である、あまたの金剛妃の女陰に住していた」という記述で始まります。
つまり、教主は、性ヨガを行いながら、教えを説きます。

そして、シュードラ、殺生を生業とする人、愛欲に溺れる人、糞尿を食する人などが、このタントラの最高の教えで成就を得えるに相応しい、貧・瞋・痴に満ちたものは最高の悉地を成就する、といった過激な主張がなされます。
また、悪行は空であり、貪欲行は菩薩行であると主張され、龍女、夜叉女などの異界の女性との性ヨガも勧めています。

こういった教えを聞いた菩薩たちは、卒倒してしまいます。
欲望や煩悩の肯定、「反出家主義」、「反戒律」といった従来の仏教の常識の否定が特徴です。


教主は「一切如来身語心金剛主」などと表現される釈迦です。
類似した名前は、「真実摂経」に出てくるので、その影響があるのでしょう。

また、五仏の根源の「本初仏」として、「持金剛」が登場します。
これは、「真実摂経」で大日如来が菩薩として化身した「金剛薩埵」が、発展した昇格した尊格です。
また、「持金剛」の妃である本初仏母は、「金剛界自在母(ヴァジュラダートゥ・ヴィーシュヴァリー)」です。

根本経典のマンダラは、5仏、4明妃(仏母)、4門護(明王)の13尊です。
流派によって、尊格は増加し、ジュニャーナパーダ流は19尊、聖者流は32尊になります。

中央の如来は、「大日如来」ではなく、「阿閦如来」になっています。
これは、「阿閦如来」の五蘊の対応が「識」で、「識」を重視する唯識思想の影響と、「阿閦如来」は「金剛部」であり、忿怒尊を重視するためでしょう。
ただし、ジュニャーナパーダ流では、「金剛薩埵」が化身した「文殊金剛」になります。

男性の尊格は、「識」に対応する「阿閦如来」から生まれるのに対して、女性の尊格は、「色」に対応する「大日如来」から生まれるとされます。
精神/物質の2元論が、男性/女性尊格であり、ミクロコスモス/マクロコスモスに対応するのです。

その考え方に従がって、

・5仏     :五蘊
・4仏母    :4大元素
・6(8)大菩薩:6根(感覚)と8識
・6金剛女   :6境(感覚対象)

に対応づけられました。

「大日経」の三部の体系を継承しながら、「真実摂経」の影響を受けて、五部の体系に拡張した後があります。
そのため、3仏には、「智恵」よりも「煩悩」が対応付けられ、それが部の名前にもなっているのが、この経典の特徴です。
諸々の対応は、後に、5煩悩に拡張されました。
また、3仏には「身」「語」「心」の三密(従来の「身」「口「意」)が対応付けられました。
ただし、「身」は、「手印」ではなく、「大印」、つまり、性ヨガの相手を指します。

また、5仏には、感覚対象である五境を、悟りの手段として観想に取り入れ、「五欲得」として対応付けました。
他にも、「五肉(人、象、馬、犬、牛)」、五甘露(糞、尿、精液、経血、油)」、「五悪(殺、盗、淫、虚言、悪語)」などが対応付けられました。
従来の常識では、煩悩や悪、戒律の対象となるものが配当されているのが特徴です。

各種の対応は下記の通りです。

5部の体系

・瞋部(金剛部)    :瞋 :阿閦  :心 :識:色:殺 :フーム:胸 :青 
・痴部(如来部)    :痴 :毘盧遮那:身 :色:声:盗 :オーム:頭頂:白
・金剛貧部(蓮華部)  :貧 :阿弥陀 :語 :想:味:淫 :アーハ:喉 :赤
・如意宝珠部(宝部)  :我慢:宝生  :随貧:受:香:悪語
・三昧耶鉤召部(羯磨部):嫉妬:不空金剛:供養:行:触:虚言 

身語心の種子の観想の対応

・毘盧遮那:身:オーム:頭頂:白:月輪
・阿弥陀 :語:アーハ:喉 :赤:蓮華
・阿閦  :心:フーム:胸 :青:日輪

また、全尊格が生起次第において、身体の場所に配置されます。
4仏母に関しては、配置されるのはチャクラに相当する場所です。
その対応は下記です。

・頭頂:解脱母  :風:ターム
・喉 :白衣母  :火:パム
・心臓:マーマキー:水:マム
・ヘソ:仏眼母  :地:ラム


「秘密集会タントラ」は、「心滴」の融解液を、「菩提心」と呼び、重視します。
本来の「菩提心」は、人々を救済するために悟りを求めることです。
これは、「智恵」に対する「方便」に対応するものですが、タントラ的にこれに生理的な側面で対応するのが、「精液」としての「菩提心」です。

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