ブルーノによる魔術の内面化

ジョルダーノ・ブルーノ(1548-1600)は、エジプト魔術的ヘルメス主義を復興しようとしました。
彼は反キリスト教的傾向を持ち、天上の改革を主張しました。

また、魔術を記憶術と結びつけることで、外面的な技術だった魔術を内面化・深層化しました。
そして、天上の改革と並行して、独自の象徴体系を構築しました。


<記憶術と魔術>

ブルーノが1582年にパリで出版した「イデアの影について」、「キルケーの呪文」は、記憶術に関わる書です。

古代ギリシャのシモニデスに由来する記憶術は、場所法と呼ばれます。
まず、記憶の基盤として、建築物の部屋を記憶します。
部屋には位置関係がありますが、基本的には部屋そのものは特別な意味を持ちません。
そして、時々に記憶すべき内容を、部屋を回りながら、それぞれの「場所」でイメージを媒介にして結び付けて記憶します。

その後、古代ギリシャのメトロドロスは、建築物の部屋の代りに、12宮を「場所」として利用し、さらに36、360に分割することもありました。
また、中世には、トマス・アクィナスらのスコラ学では、抽象的な徳目を「場所」として利用しました。
つまり、「場所」が抽象化され、象徴的な意味が付加されることになりました。

16C前半には、イタリア人のジュリオ・カミッロが、ヘルメス主義や新プラトン主義の宇宙像をそのまま円形劇場にした「記憶の劇場」を、ヴェネチアとフランスに建造しました。
これは、7つずつの柱、門、通路、観覧席、そして、神的世界、天上界、元素界の3世界の構造を持っています。

記憶術は魔術と共通点があります。
魔術は、特定の象徴体系を記憶して、イメージを介して操作します。
象徴体系と記憶術の建築物などの「場所」は、イメージを配置するという点で共通しています。

例えば、密教ではマンダラが代表的な象徴体系でありパンテオンですが、これは宮殿に神格を配置したものです。
マンダラは、ボロブドゥール遺跡のように建築物化もされました。
マンダラは、記憶術にも魔術にも利用できます。

ブルーノは、もともと合理的な技法にすぎなかった記憶術と、外面的な側面が強調されていた魔術を結びつけることで、それが神智学的な技法となりました。


<魔術の内面化・深層化>

ルネサンス魔術では、ブルーノもそうですが、象徴体系のイメージは、魔術的図像であり、それはイデアの形であると解釈されます。
そして、彼は、フィチーノが訳した新プラトン主義者のシュネシウスの影響を受けて、想像力は真理に到達するための手段であると言います。
彼は、魔術的図像を単に描かれた図像としてでなく、想像力、記憶力(内的図像)を利用した内面的なイメージとして扱い、心理学用語を使ってそれを説きました。

つまり、イデアという本質は、図像という地上の外面存在と共感し、そこに力を注ぎます。
ですが、想像力、イメージという内面が、それを媒介すると共に、イデアという本質につながります。
魔術を記憶術とつなげ、そこを強調することは、魔術を内面化することになります。

ですが、ブルーノが意識していなくとも、それだけではありません。
象徴体系を記憶することは、それを無意識に根付かせることになります。
イメージという内面の操作が、無意識の情動を刺激するという深層化がなされるのです。

マンダラが瞑想の対象であり、修業のツールであるように、ブルーノは、魔術、魔術作業を内面的、深層的な問題として理解し、深めました。

ブルーノにとっては、象徴体系化されたイメージを記憶・瞑想することは、宇宙的な力を獲得するためのものであり、それが魂の諸能力を増進させると考えました。
そして、マクロコスモスと照応する統一された魔術的人格、真理を体現する宗教的人格を獲得するためのものでした。

このように、ブルーノによって魔術理論は、現代的な理論へと一歩進められました。


<天上の改革>

魔術の基礎は象徴体系であり、これはパンテオンでもあります。
エジプト的ヘルメス主義による宗教改革を目指すブルーノは、天上のパンテオンの改革が必要だと考えます。

「キルケーの呪文」では、天上の神々による改革が語られます。
キルケーは太陽神の娘であり魔術師です。
彼女は悪事を行う者たちを脅し、徳性を復活させる神々の会議を招集します。

また、1584年にイギリスで出版した「勝ち誇る野獣の追放」では、ユピテルが天上の改革のために、惑星神を会議に召集し、12宮その他の星座を浄化します。
会議に参加するのは、惑星神とミネルヴァ、イシス、ネプチューン、ユノーらの神々です。

通常、各星座には、その属性、諸力として、様々な美徳、悪徳が結び付けられています。
ブルーノは、現在の天上が不十分な状態であるとして、その改革をしようとします。

神々が内面を改革することによって、諸星座から悪徳を降ろし、美徳を昇らせるのです。
例えば、大熊座・こぐま座には、「真理」、「存在」、「善」が昇り、「奇形」、「偽り」、「欠陥」が降ります。

ブルーノは、惑星にも善悪の傾向があり、星座の性質にはそれら惑星の性質が反映されると考えます。
そして、良き惑星である太陽、木星、金星の力で、悪しき惑星である火星、土星の力を抑えようとします。

神々の会議による天上の改革がなされると、宇宙の元素に向かって「第二の流出」が始まります。
こうして、地上と人間も改革されます。


<ブルーノの象徴体系1(イデアの影について)>

魔術の基礎は象徴体系であり、パンテオンの改革は象徴体系の改革でもあります。

一般的に、ルネサンスの魔術思想は、ヘルメス主義の12宮と7惑星、4大元素、及び、カバラの10のセフィロートと22のアルファベット、そして、キリスト教の9階層の天使や大天使を、象徴として利用して体系化しました。
しかし、ブルーノは、独自の象徴体系を構築しました。

彼はエジプト的なヘルメス主義者であり、ほとんど反キリスト教的、反ユダヤ教的な傾向を持っていました。
そのため、カバラと天使を拒否します。
その代わりに、いくつかのギリシャ・ローマの神々などを重要な象徴として取り入れました。

ブルーノが最初にそれを示したのは、「イデアの影について」です。
「イデアの影」とは、魔術的図像のことです。

この書でブルーノは、30を基数とする象徴体系を説き、多数の図像を掲載しています。
30を基数としながらも、それぞれが5つの下位カテゴリに分かれ、トータル150のカテゴリから構成されます。
ここには、エジプト由来の36のデカン(の神霊)や、7惑星、28宿などが含まれます。

それらを表現する魔術的図像は、記憶の体系の車輪の上に配置されます。
中央に位置するのは「太陽」です。
そして、それぞれに対応した多くの車輪がその周辺に配置され、その上に、様々な動物・植物・鉱物が置かれます。
さらにその周辺には、150の学芸とその創始者達が置かれます。


<ブルーノの象徴体系2(図像、記号、イデアの構成について)>

フランクフルトで1591年に出版した「図像、記号、イデアの構成について」は、「イデアの影について」を受けてそれを修正・発展させたものです。
「勝ち誇る野獣の追放」とも類似したところがあります。

「イデアの影について」では30を基数としていましたが、「図像、記号、イデアの構成について」では、12原理を基本として象徴体系が構成されています。
12原理のほとんどは、それに対応する神々の名前がついていて、その抽象化であることが分かります。
複数の神々が列記された形の原理もあります。

12原理は次の通りです。
「ユピテル(木星)、ユノー」、「サトゥルヌス(土星)」、「マルス(火星)」、「メルクリウス(水星)」、「ミネルヴァ」、「アポロ」、「アエスクラピウス、キルケー、アリオーン、オルフェウス」、「ソル(太陽)」、「ルナ(月)」、「ヴィーナス(金星)」、「キューピッド」、「テルス、オケアヌス、ネプチューン、プルート」。

また、それぞれの原理には多数の属性としての抽象名詞が添えられています。

例えば「ユピテル」の場合、中心となるものが、「原因」、「原理」、「始原」、その回りに記されるのが「父権」、「力」、「統治」、さらに、「詰問」、「真理」、「敬虔」、「廉直」、「公平無私」、「祭祀」、「静謐」、「自由」、「庇護聖域」、右手には配置されるのが、「生命」、「無垢」、「清廉」、「寛慈」、「歓喜」、「節制」、「寛容」、左手に配置されるのが「高慢」、「誇示」、「野心」、「異常」、「虚栄」、「侮蔑」、「簒奪」です。

このように、各象徴的原理に、きわめて多数の観念を対応させることで、世界の全体、精神の全体を体系化しようとしています。

こうして、この記憶の体系を保持する者は、マクロコスモスとミクロコスモスの照応を心の中に反照させる魔術的人格となります。
それは、真理を得た宗教的人格でもあります。


この記事へのコメント