ディオニュソス(バッコス)秘儀

アテネ郊外では、BC6Cにはディオニュソス秘儀が行われていたようです。

ディオニュソス神自身は、クレタ島のミノワ文明に由来する古い神で、ギリシャにもBC20C頃には根付いていました。

アポロンの本拠地デルポイにもディオニュソスの聖地があります。
デルポイは、アポロンがやってきて女神から主神の座を奪いましたが、ディオニュソスは豊穣女神の息子として、アポロンが来る前からいたのでしょう。

ですが、ギリシャではディオニュソスは新入りの神とされるので、再到来したのかもしれません。

最初はその非ギリシャ的な性質のため迫害を受けたようですが、最終的にはゼウスの主権を引き継ぐべき存在という重要な神として受け入れられました。

ギリシャ神話の中では、ディオニュソスは最後に現れた神で、彼がブドウ酒を創造することで神々による世界創造が完成しました。
ディオニュソスにはたくさんの異名があって、その代表的なものは「バッコス(=若芽)」や「ザクレウス(=大猟師)」です。

一般に知られるディオニュソスの性質は次のようなものです。
彼は突然どこからともなく現れ、人々を熱狂させ、踊らせ、時には狂気におとしいれて動物や人を引き裂かせます。
また、ブドウの樹を1日で大きく成長させたり、地からブドウ酒を噴出させます。
成人したディオニュソスは、本当の顔を見せずに髭をはやした男の仮面をつけています。

つまり、ディオニュソスは意識的な秩序にとってまったく異質で潜在的な力そのものであって、その突然の噴出を本質としています。
心臓と男根は、意識と無関係に躍動して体液を噴出させる点で、ディオニュソス的存在なのです。

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ディオニュソスの神話には、2系統の神話があります。
一般に知られている「神から生まれた人の子、小ディオニュソス」の神話と、オルフェウス教徒の秘伝による「神々の子、大ディオニュソス(ザクレウス)」の神話です。
ディオニュソス秘儀が基づく神話は前者の神話で、オルフェウス秘儀が基づくのが後者の神話です。

小ディオニュソスの神話は、ゼウスと人間の娘の子のディオニュソスが、ヘラの嫉妬によって狂気に落とされるも、大女神キュベレに救われ、秘儀を伝授されてギリシャに伝道した、ディオニュソスの批判者は狂気となって息子を八つ裂きにしてしまった、その後、ディオニュソスは母と妻アリアドネーに不死の神性を与えた、といった話です。

ディオニュソスは、到来する神であり、抵抗を受ける受難の神です。
と同時に、ディオニュソスは、狂気を経て人を神性へ向かわせる存在です。
ディオニュソスらの狂気や熱狂、八つ裂きには、「地上性の破壊」と「神性との交流」の2つの意味を持っています。


アテネでは1年に3つのディオニュソスの公開される祭りが行われました。

1月に行われた「レナイア祭」は、エレウシスの祭司が童神イアッコスとしてのディニュソスを呼び出すものでした。
この祭では大、小2つの秘儀が3年毎に行われたという説があります。

また、2~3月に3日間で行われた「アンテステリア祭」は、ディオニュソスと王妃(女性神官)との聖婚などが行われました。
王妃はアリアドネーです。

3月に5日間で行われた「大ディオニューシア祭」では、演劇の競技が行われ、葡萄酒を捧げました。

ディオニュソスは、2年周期の神であり、冥界のペルセポネーの宮殿で眠る不在の年と、眠りから覚まされる出現の年を繰り返します。
冥界のディオニュソスにはイチジクの樹で作った仮面、地上のディオニュソスにはブドウの樹で作ったバッコスの仮面がありました。
ですから、ディオニュソスはブドウの生育の循環と一致する側面と、一致しない側面があります。

ディオニュソスの秘儀についてはほとんど分かっていませんが、女性だけが参加したという説があります。
エウリピデスの悲劇『バッコスの神女達』には、子鹿の皮衣を着て蛇を腰紐にし、仔鹿や狼の仔を抱いて乳を与える姿のディオニュソスの女性信者が、深夜に、笛・太鼓・タンバリンの伴奏に合わせて狂ったように踊りながら森を駆け巡って、犠牲の牛を引き裂いてその生肉を喰う姿が描かれています。

ディオニュソスの秘儀での狂乱は、ディオニュソス自身が体験した狂気を試練として自らに果たすものです。
信者は熱狂の中で地上的な意識を引き裂いて、ディオニュソスの神性と一体化します。

しかし、ディオニュソス秘儀が死後の祝福、不死性を保証したかどうかは分かりません。

牛を引き裂くのはディオニュソスが引き裂かれたことの再現であると同時に、その生肉喰いはディオニュソスの神性を得るための聖餐です。

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