イラン・ペルシャの創造神学

古代イラン・ペルシャの「創造神話」はゾロアスターによる改革のためか、ほとんど残っていません。
ですが、ゾロアスター教の聖典「アヴェスタ」の中の神々への讃歌を扱った「ヤシュト」にはゾロアスター教以前の神話の跡が残されています。
また、イラン系の王国だったミタンニやメディアの時代の記録も少し残っていて、より進んだ神話・世界観を垣間見ることができます。
古代イラン・ペルシャの神話は古代エジプトやインド・アーリアのものと似ていたものだったと推測できます。


古代ペルシャの原初の宇宙開闢に関する創造神話は残されていません。
しかし、インドと同じく、原初の母神として「アディティ」がいました。
アディティはおそらく原初の海という性質があったのでしょうが、宇宙卵を産んで孵した「霊鳥シームルグ」とも同一視されます。
また、後世に「無限時間の神ズルワン(・アカラナ)」の信仰が盛んになるので、原初の神としてズルワンも考えられていたのかもしれません。


インドのヴァルナ、ミトラに相当する原初神、光の創造神は、水神としての性質を持つ「アパム・ナパート」と、ミトラと同一の神「ミスラ」です。
後に、「アフラ・マズダ」がここに加わり、アパム・ナパートを追いやります。


つまり、アディティ=シームルグが至高神の静的次元、宇宙卵が核的次元、そしてミスラが創造的次元です。


ミスラはインドのミトラ同様、契約の神であって人間の行いを監視します。
また、他に牧畜神・戦争神という性質もあります。
アフラ・マズダは、エジプトのマアト、インドのリタに相当する「正義アシャ」などいくつかの副次的機能の神格を持っています。
インドでは原初神群のアスラは悪神化しましたが、ペルシャでは原初神群「アフラ」は至高神としてとどまりました。


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(写真は、おそらくエジプトから伝わった有翼太陽円盤の象徴に乗るアフラマズダ。下にはえた2本の足のようなものは、エジプトではウラエウスかメニトだった)


インドのヴァーユ、インドラに相当する主神は、「天空神・風神・嵐神ワユ」、「戦争神ウルスラグナ」です。
他にも「雨神・シリウス神・国土守護神ティシャトリア」が主要な神としています。ワユは風によって生と死を運び、「悪霊アンラマンユ」を退治します。
ワユにもヴァーユ同様、原初神的な性質があって、ズルワンと関係します。
ティシャトリアは一番星の神でもあって、白馬の姿で黒馬の姿の「干ばつの悪神アパオシャ」と退治します。ウルスラグナは悪人に罪を与えます。
また、「太陽神フワロ・クシャエータ」はマズダの目とされています。
ちなみに、インドラはペルシャでは悪神となっています。


しかし、ミタンニ・メディア時代の神話では、ミスラが原初創造神であると同時に、主神・太陽神となっています。
また、ミスラによって、世界卵から世界創造が行われます。
卵の上半分は「空気」、下半分は「原初の海」(司るのはアパム・ナパート)となります。
これは、エジプトのシュー/テフヌト、バビロニアのアンシャル/キシャルに相当するもので、天地の素材(神)です。

イラン・ペルシャ神話
至高神の静的次元
原母アディティ
霊鳥シームルグ
至高神の核的次元
宇宙卵
至高神の創造的次元
ミスラ/アパム・ナパート
悪神・原母
至高神の副次的次元
正義リアシャ
天の素材神/地の素材神
空気/原初の海
天神/地神
クシュスラ/アールマティ
旧主神
風神ワユ
主神
雨神ティシャトリア
太陽神ミスラ
悪神・悪獣
悪馬アパオシャ


 

インド・ヒンドゥー教の創造神話

アレキサンダー大王の遠征以降の紀元前後に、ギリシャ系の王朝バクトリア、ペルシャ系の王朝マウリア朝、クシャーナ朝が西北インドに進出して以来、その影響でか、アスラ系の光神が復活します。
(インド・ヨーロッパ語族の創造神学インド・ヴェーダの創造神学を参照)


仏教の主神的存在のヴァイローチャナ(大日如来)もそうです。
また、西方世界の「宇宙論」、「救済神話」の影響を受け、インドでもその哲学化が進みます。
これらは別の項目で扱いますので、ここでは、ヒンドゥー教系の神智学的な思考をともなった2つの神話、2Cの「マヌ法典」に書かれた創造神話と、5C頃のヴィシュヌ派の「プラーナ文献」に書かれている創造神話を紹介しましょう。


マヌ法典によれば、最初、「暗黒の混沌」のなかに「宇宙精神」があります。
宇宙精神は「原初の水ナラ」を生み出します。
次にこの水のなかに「種」を蒔くとこれが輝く「金色の卵」となります。
そして、この卵の中に「創造神ブラフマー」が現われ、卵を割って宇宙を創造します。

この神話にも至高存在の3つの次元を認めることができます。
第1の次元である静的母体は「暗黒の混沌」と「宇宙精神」と「原初の水」で、第2の次元である創造の核は「種」と「金色の卵」、そして、第3の次元である創造的存在が「ブラフマー」です。 


ヴィシュヌ派の創造神話によれば、まず、「原初の水ナラ」が存在し、ここに「永遠の蛇アナンタ」がいて、さらにその上にまどろむ「至高神ヴィシュヌ」がいます。
ヴィシュヌが覚醒すると、そのへそから「蓮」が生えて、その花の中から「創造神ブラフマー」が現われます。
そして、ブラフマーが宇宙を創造します。

この神話にも至高存在の3つの次元を認めることができます。
第1の次元が「原初の水」と「永遠の蛇」と「まどろむヴィシュヌ」で、第2の核的次元が「覚醒したヴィシュヌ」と「蓮」、そして、第3の次元が「ブラフマー」です。
ヴィシュヌ派の神学では、これらすべてがヴィシュヌの現われとされます。


これらヒンドゥー教の神話的神学の特徴は、第1に、至高存在の静的次元がさらに3つに分けて表わされていること、そして第2に、その中で意識的男性的原理(宇宙精神、ヴィシュヌ)が重視されていることです。


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ヴィシュヌ派
至高神の静的次元
原初の水ナラ
原初の蛇アナンタ
至高神ヴィシュヌ
至高神の核的次元
宇宙蓮
至高神の創造的次元
創造神ブラフマー

インド・ヴェーダの創造神話

「ヴェーダ」は-12C頃から様々な時代に書かれたもので、そこには様々な創造神話、創造神が語られます。
原初の宇宙開闢に関する創造神話には次のようなものがあります。
まず、エジプトのプタハ神のような鍛冶的な建築士として世界を創造する「ヴィシュヴァカルマン」や「ブラフマナスパティ」。
次に、原初の水にはらまれた「黄金の胎児ヒラニヤ・ガルバ」から成長する創造神。
そして、解体されて神々や世界を生む「原巨人プルシャ」。
やや時代は下って-9C頃の「ブラフマナ文献」では、黄金の宇宙卵から生まれる創造神「プラジャーパティ」などです。


「ヴェーダ」に登場する神々は数多く、その世代関係ははっきりしません。
ですが、原初の水(海)や深淵に相当する母神は無限の神「アディティ」です。
彼女の子供に当たる神々達は「アーディティア(アーディトア)神群」と呼ばれます。
その代表が、エジプト神話の「アトゥム=ラー」のような原初の創造神に相当すると推測される光神の「ヴァルナ(写真下左)」と「ミトラ」の2神です。
ただ、これらの神々の誕生の物語は不明です。


この2神は対象的なカップルの性質を持っています。
「ヴァルナ」は光の神、天空神の創造神ですが、元来は原初の水に住む「蛇」なのです。
同じ光神でも、「ヴァルナ」の方がより原初的で夜・水の性質を持ち、「ミトラ」が昼・火の性質を持ちます。
「ヴァルナ」は良い創造力(マーヤー)で宇宙を作り、呪力を持ち、エジプトの「マアト女神」に相当する「正義・理法リタ」の守護者で、悪い人々を縛ります。
また、「ヴァルナ」の両目は「太陽神スーリア」と「月神ソーマ=チャンドラ」です。

「ミトラ」は法と契約、友愛の神です。
「ヴァルナ」が他界と関係する恐い存在であるのに対して、「ミトラ」は現世と関係する人間に近い優しい存在です。

また、「ミトラ」の下には、婚礼や給与を司り、死者を守護する祖神の「アリヤマン」がいて、この3神が「アーディティア神群」の代表です。

アーディティア神群らは「アスラ神群(漢字で阿修羅)」とも呼ばれ、やがて次世代の「デーヴァ神群」に主権を奪われ、悪神化していきます。

「デーヴァ神群」は戦争を司る天空神達で、天神「ディアウス」と地神「プリティヴィー」の息子達などです。
その主神は「風神ヴァーユ」と「嵐神インドラ(写真下右)」です。

「ヴァーユ」は棍棒に象徴される荒ぶる暴力を特徴としているのに対して、「インドラ」は弓に象徴されるコントロールされた暴力を特徴としています。
ただ、「ヴァーユ」には「原人プルシャ」の息というような原初神に近い性質もあります。
ヴェーダの後期には「インドラ」が勢力を伸ばして「ヴァーユ」を駆逐してしまいました。
「インドラ」は悪いマーヤーを持つ「悪竜ヴリトラ」を退治します。


他にも「嵐神ルドラ」や「太陽神スーリア」、「火神アグニ」が天界神として有力でした。
太陽神はエジプトと同様、その場所によって様々な名前・神格を持ちます。
昼の太陽は「スーリア」は、昇る太陽は「ヴィヴァスヴァト」、沈む太陽は「サーヴィトリー」と呼ばれます。
後のヒンドゥー教の主神の「ヴィシュヌ」は、本来は「インドラ」を補佐する太陽のエネルギーの神でした。
もう1つの主神「シヴァ」は「ルドラ」や「アグニ」の性質を受け継いています。


生産に関わる豊穣の地界神とされているのが、朝の太陽と関係づけられている双児の「アシュヴィン双神」や「ナサーティア双神」です。
「アシュヴィン双神」は多分、牛と馬をそれぞれ守護する神々だったようです。


また、最後期の「ヴェーダ」では「創造神話」の哲学化が行われます。
そこでは、原初には「有もなく、無もなく」、創造神は「唯一のもの」と呼ばれ、それが「呼吸」を行い、「思考」、「意欲」、そして「男性的能動原理/女性的受動原理」が順に生まれて、その後、神々と宇宙が生み出されます。
これを受けて-6Cの「ウパニシャッド」では、純粋な哲学が生まれます。


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インド・アーリア神話
至高神の静的次元
原初の水
原母アディティ
至高神の核的次元
黄金の胎児ヒラニアガルバ
至高神の創造的次元
原巨人プルシャ
光神ヴァルナ/ミトラ
悪神・原母
至高神の副次的次元
意欲マーヤ
正義リタ
天の素材神/地の素材神
天神/地神
ディアウス/プリティヴィー
旧主神
風神ヴァーユ
主神
嵐神インドラ
悪神・悪獣
悪竜ヴリトラ