アブラハム・アブラフィア(預言カバラ)

スペインのカバリストの中でも、セフィロートを重視する主流派の「思索カバラ」とは異なり、「預言カバラ」と呼ばれる思想を作ったのが、アブラハム・アブラフィア(1240-1291)です。

アブラフィアは、スペインのサラゴッサに生まれ、イタリアでマイモニデスを学んで信奉します。
その後、スペインに戻り、バルセロナでメシアとしての自覚を持ち、また、「形成の書(セフィール・イエツラー)」の研究をしました。
そして、無謀にも、反ユダヤ主義だった教皇と話をしようと企てて、拘束されたようです。
その後は、迫害から逃れて、シシリアなどに滞在し、そこで「永遠の生の書」、「知性の光」、「美の言葉」、「組み合わせの書」などの書を著しました。

アブラフィアは、預言を受ける受容体としての人間を重視し、自らの思想を「予言カバラ」と表現しました。
また、預言を受けるために、神の名の瞑想を重視したため、「主の御名のカバラ」とも表現しました。
「セフィロートの道」がラビ的だとしたら、アブラフィアは「名の道」で、預言者的です。

ただ、一般には、彼の思想は「実践カバラ」、「魔術カバラ」とカテゴライズすることができるでしょう。
もちろん、「魔術」というのは、神の領域に対して働きかける「テウルギア」としての「魔術」です。

アブラフィアは、預言者、メシアとしての自覚を表明した最初のカバリストです。
彼はメシアを、アリストテレスの言う「能動的知性」と同一視しました。
ちなみに、イスラム哲学者のイブン・スィーナーが、第10知性体を「能動的知性」とし、預言と結びつけたことと似ています。

それは、人間の霊魂に作用する純粋な神の知性の働きであり、それを通して人間は神と交感し、預言を受けるのです。
それは文字の瞑想と通した純粋な思考の神秘体験によって到達できる境地であり、彼はそこに人間の救済の可能性を見出したのです。

その一方、アブラフィアは、戒律や儀礼は軽視し、カバラ主流派のセフィロート説に対しては、キリスト教の三位一体説より悪しき、多神教的な考えであると考えました。
彼が瞑想の対象とした文字は、セフィロートより上位の存在、「エン・ソフ」の次元に関わる存在と考えていたようです。

アブラフィアが重視したのは、神の名の要素としての文字と、その置換、組み合わせを対象とした瞑想です。
これは「ツェルフ(文字置換法)」と呼ばれるもので、彼はそれを、「ホクマス・ハ=ウェルーフ(結合の知恵)」とも表現しました。

その目的は、文字をその根源的な意味、神的な状態にまで戻すためのものであり、それは一切の感覚的な対象から離れた、純粋な思考の調和的な運動です。
人間は、文字を操るのではなく、文字を受け入れる存在になります。

文字置換の実践は、一種の瞑想法であり、特定の呼吸法、姿勢で行い、忘我の状態に入ります。
それによって、置換の作業は瞑想となり、無意識的・直観的に行われるようになります。
また、22のアルファベットを、それぞれ肉体の各部位に配置して念じることも行われました。

アブラフィアは、様々な瞑想法を説き、段階的にそれを弟子に果たしましたました。
これらの方法は、大きく2つ段階の門、「天の門」と「聖者の門(内なる門)」に分けられます。


<天の門:文字置換法>

最初の「天の門」では、自分を諸天使として順に観想します。

そして、まず、アルファベットや、単語の構造、結合、創造について実習します。

次に、文字と単語の「音価」の計算を実習します。
ヘブライ語のアルファベットは、子音のみで、22文字ありますが、ローマ数字がラテン文字を使う(I=1、V=5、X=10…)のと同じで、各文字は数字としても使用されます。
そのため、文字や単語は数値として計算できます。

最後に、アルファベットの逆綴り、音声系列の技法などを実習します。

一般に、文字置換法としては、「ゲマトリア」、「ノタリコン」、「テムラー」があります。

「ゲマトリア」は、単語や文章を数値に置き換え、さらにまた文字に置き換えます。
同じ数値をもった単語同士は、高い次元から見れば同じ意味であって、それぞれを暗示し合うと考えます。

「ノタリコン」は、文章を作る各単語の頭文字をとって一つの単語としたり、その反対の作業を行います。

「テムラー」は、一定の方法で、特定の文字を特定の文字に置き換えて、暗号化したり、符号を作る方法です。

置換法の実践においては、文字に対して、「メヴタ(文字の循環)」→「ミクータヴ(筆記)」→「マシャヴ(観照)」と進めます。
また、一組の語群に対して、自由連想によって観念を観察する「ディルルグ(跳飛)」を行ないます。


<聖者の門:神名発声法>

「聖者の門」、「内なる門」と呼ばれる第2段階の瞑想は、神名の発声です。

ユダヤ教では神の名前は、第一に「テトラグラマトン」と呼ばれる4文字で表されてきました。
英語のアルファベット表記では「YHVH」です。
古来、ユダヤ語の文字では母音が表記されないので、正確な表現は不明ですが、一般に、「ヤーヴェ」とか「エホヴァ」と言われています。

「テトラグラマトン」のそれぞれの文字を、順次、母音を付けながら、発音するのが、神名の発声の瞑想法です。
4文字に他の文字を組み合わせることもあります。

これらの発声時には、特定の呼吸法や観想法や姿勢を伴ないます。
また、特定の母音に対して特定の頭の動かし方があり、文字に対応する身体の部分を振動させます。

具体的には、「YHVH」の4文字に、5つの母音を順につけて唱えます。
例えば、まず、「Y」に「aah」を付けて唱えます。
次に「H」に、次に「V」に、「H」に「aah」を付けて唱えます。
その次には「ooh」と付けて唱えます。
そして…といった具合です。

また、各母音に対応する発声を行う時には、特定の頭の動かし方があります。
「o」、「i」を付ける時は、頭を上下に動かします。
「u」の時は、頭を前後に動かします。
「a」、「e」の時は、頭を左右に動かします。

また、4文字のそれぞれで、身体の対応する部位を順に集中し、振動させます。
各部位への集中・振動は、頭から心臓…基底部まで体の中心軸に沿って降ろしていきます。
例えば、まず、頭では、「Y」では頭頂を、「H」では顔の中央を、「V」では後頭部を振動させます。
同様に、心臓では、「Y」では心臓の上、「H」では心臓の中心、「V」では心臓の裏側…といった具合です。

また、4文字に、他のアルファベットの文字を組み合わせて、順に唱えることも行います。
例えば、「Y」+母音に、アルファベットの最初の「A」を付けて、「Aooh Yooh」から順に…といった具体です。

このようにして、波動としての文字を、神の基本属性として体験していくわけです。

また、瞑想が進むと、心臓に白熱する感覚が生まれますが、これを「シェファ(聖なる流入)」と呼びます。
この時、天使が現れて作業を助けてくれるヴィジョンを見ることも多いようです。

エン・ソフと生命の樹(神智学的カバラ)

中世の神智学的カバラ(思索的カバラ)には、神の隠れた次元である「エン・ソフ(アイン・ソフ、無限)」、そして、そこから光として流出した神の内的構造である「セフィロート」についての考察が中心にあります。

この項では、特定の思想家や特定の書によらず、中世の思索的カバラで形成された「エン・ソフ」と「セフィロート」に関する神智学について簡単にまとめます。

セフィロートの位置づけは、カバリストによって様々ですが、神の属性であったり、様態であったり、神名であったり、道具(容器)であったりします。
セフィロートの探求は、聖書や律法の隠された奥義の探求であり、創造の探求であり、神智学であり、宇宙の原型論です。

セフィロートは象徴体系であり、「生命の樹」という樹状の象徴、そして図形配置で体系化されました。
「生命の樹」が今日に近い図として描かれているは、14Cまでは遡れます。

また、悪の発生や原罪による堕落、そして終末の救済という宇宙論的出来事、預言につても、セフィロートと「生命の樹」の関係で語られました。
それゆえ、「生命の樹」は、神の世界の均衡を取り戻すためのマップにもなりました。


<エン・ソフ>

中世のカバラでは、おそらく新プラトン主義やグノーシス主義の影響を受けて、否定的な表現をされる神の隠れた静的次元からの「流出」を語るようになります。
これは、人格神による「無からの創造」というユダヤ・キリスト教の正当の思想とは異なる、神秘主義の思想です。

その隠れた次元の神は、「エン・ソフ(無限)」と表現されました。
これは、人間が認識することができない次元とされます。

後に、神の隠れた次元は、3段階で考えられるようになります。

13C初め頃、スペインで最初にカバラが研究されたのはカタルーニャ地方のイユーン派が、10のセフィロート(ミトド)の上に、「原初の内密な光」、「透明な光」、「明るい光」の3つを置いたことが契機になったのかもしれません。

そして、「エン(無)」→「エン・ソフ(無限)」→「エン・ソフ・オール(無限光)」という3段階で考えられるようになりました。

「エン・ソフ」は、凝縮して空間を創造し、光をそこに送ります。
そして、「アダム・カドモン(原人間)」と、10のセフィロートが順に流出します。


<セフィロートと生命の樹>

10の「セフィロート(語源的には「数える」、「語る」)」は、紀元後の「形成の書」でも語られますが、この時点では、その配置は立体的なものでした。
中世においては、「光明の書」では、それが神の動的な諸力、階層化された光の流れになり、「光輝の書」では対立と均衡をもって展開するものとなりました
そして、14C頃までに、スペインで現在のような「生命の樹」の形で表現されるようになりました。

Zohar-ToL.jpg
*図の「生命の樹」は「ゾーハル」の写本より

「エン・ソフ」が隠れた根であり、「セフィロート」は枝に当たりますが、中央に位置する第1、6、9、10のセフィロートは幹と考えられる場合もあります。

「生命の樹」は、「聖書」ではエデンの園の中央に植えられた木で、神がアダムとエヴァをエデンの園から追放した理由は、「知恵の樹」の実を食べた人間が、「生命の樹」の実までも食べて永遠の生命を得ることで、神に等しき存在になることを恐れたから、とされます。
象徴としては、「知恵の樹」は合理的な知恵、「生命の樹」は霊的・直観的な知恵を表現します。
そのため、「生命の樹」を探求することは、神秘主義としては当然のことであるものの、異端視される危険性も伴います。

セフィロートの数が10であるのは、ユダヤ教的には十戒と結び付けられますが、古くはピタゴラス主義、そして、プトレマイオス派グノーシス主義の10アイオーン、イスラム哲学やイスマーイール派の10知性体の影響を、都度に受けていると推測されます。

セフィロートの順番、名称(神の属性)は、諸説がありますが、代表的なものは下記の通りです。

1 ケテル(王冠)
2 ホクマー(知恵)
3 ビナー(知性)
(  ダート(理性))
=======================
4 ヘセド(慈愛・恩寵)、ケデュラー(偉大)
5 ゲブラー(権力)、ディン(判断・厳格)
6 ティフェレト(美)、ラハミーム(慈悲)
7 ネツァハ(持続・永遠・勝利・忍耐)
8 ホド(威厳・栄光)
9 イエソド(基礎)
10 マルクト(王国)、シェキナー(光輝・住居・臨在)

第1の「ケテル」は、正確には「ケテル・エルヨーン(最高の王冠)」です。
「アイン(無)」と表現されることもあり、いまだ、「エン・ソフ」と変わらないような存在です。
第2の「ホクマー」は、テトラグラマトン(神の4文字YHVH)の第1字「ヨッド」でもあります。
第3の「ビナー」は、テトラグラマトンの第2字「ヘー」でもあります。
最初の女性原理であり、「上位のシェキナー」とも言われ、これより下位のセフィロート、そして万物の「母親」であり、「メシア」です。
また、「宮殿」、「安息日」とも表現されます。

第3と第4の間に、隠れたセフィラ「ダート(理性)」を置くこともあります。
これは、第2と第3のセフィロートの統合・調和の位置になります。
「ダート」は13C頃に説かれ始め、その位置は諸説がありましたが、16Cには現在の位置に落ち着きました。

第4以降のセフィロートは7つですが、これらは創造の最初の7日に対応するとされます。
第4から第9のセフィロートの名称は、歴代誌上の聖句、「主よ、あなたは偉大で、厳しく、美しく、不滅であり、そして栄光に満ちています。天と地にある万物はあなたのものです」に由来します。

第4の「ヘセド」は、創造の第1日目の光に対応し、また、「創世記」の「神の霊が水の上を漂っていた」という表現の「水」とされます。
第5の「ディン」は、創造の第2日目の神の裁きに対応し、後述するように、悪の起源となります。
第6の「ティフェレト」は、テトラグラマトンの第3字「ヴァヴ」であり、また、「神の霊が水の上を漂っていた」という表現の「神の霊」とされます。 

第9の「イエソド」は、「正義」、「義人」、「契約」、「割礼」とも表現されます。
また、後述するように、神の男根でもあります。

第10の「マルクト」の「王国」とは「イスラエル」のことでもあり、また、「シェキナー」は「神の女性性」です。
神の「妻」、「娘」、あるいは、「大地」と表現されることもあります。
また、テトラグラマトンの第4字「へー」でもあります。

各セフィロートの中にはそれぞれ10のセフィロートがあり、入れ子構造になっているとする説もあります。

セフィロートは「アダム・カドモン」、人間の身体とも対応しています。
また、それぞれがヘブライ語のアルファベットとも対応しています。
具体的には、下記の通りです。

1 ケセル   :頭(大きな顔):アレフ
2 ホクマー  :脳髄(父の顔):ベト
3 ビナー   :心臓(母の顔):ギメル
4 ヘセド   :右腕     :ダレト
5 ゲブラー  :左腕     :ヘー
6 ティフェレト:胴体     :ヴァヴ
7 ネツァハ  :右足     :ザイン
8 ホド    :左足     :ケト
9 イエソド  :性器     :テト
10 マルクト  :身体の完成  :ヨッド

第9のセフィラは、アダムとイブが創造された日に対応し、身体では性器に対応しますが、第10のセフィラが女性性の「シェキナー」なので、第9の「イエソド」は男根に当たります。


<4つの世界、3つの魂>

カバラでは、世界を4つの階層に分けて考えます。
「アツィルト(流出)界」、「ベリアー(創造)界」、「イェッツラー(形成)界」、そして、「アッシャー(活動・製作)界」の4世界です。

「アツィルト」はセフィロートが存在する原型の世界です。
「ベリアー」はメルカーバー神秘主義の玉座世界であり、大天使のいる世界、
「イェッツラー」はメタトロン率いる天使達の世界、エデンの園の世界。
そして、「アッシャー」は、悪の発生とともに、物質の世界、邪悪な殻の世界になった世界です。

セフィロート自体は、「アツィルト」に属しますが、同時に、10のセフィロートは、4つに分けられ、4つの世界に対応します。
これには諸説がありますが、例えば、次の通りです。

1 アツィルト :第1-第3のセフィロート or 第1セフィラ
2 ベリアー  :第4-第6のセフィロート or 第2-第3セフィロート
3 イェッツラー:第7-第9のセフィロート or 第4-第9のセフィロート
4 アッシャー :第10のセフィラ

また、各世界に10のセフィロートがあるとする説もあります。

そして、人間の3つの霊魂である「ネシャマー(霊的な魂)」、「ルーアハ(理性的な魂)」、「ネフェシュ(情動的な魂)」が、4世界説や10セフィロート説と対応付けられました。
3霊魂説は、プラトンの魂の3分説に似ています。
対応には諸説がありますが、例えば、以下の通りです。

1 ネシャマー:アツィルト界 :ケテル or ビナー
2 ルーアハ :ベリアー界  :ティフェレト or ヘセドからイェソドまで
3 ネフェシュ:イェツィラー界:マルクト

「ネシャマー」より上位に2つの存在を置いて、「イェヒダー」=ケテル、「ハヤー」=ホクマーとする説もあります。


<対立と均衡、破壊と堕落>

「生命の樹」では、セフィロートの流出・創造の過程が、対立する2原理の創造とその調和・均衡・統合を繰り返すと見ることができます。
対立する2原理は、生命の樹の左右の柱として、均衡は中央の柱として表現されています。
対立と均衡は、「父/母」と「子」とも表現されます。

右の柱 :慈悲  :男性:能動:静的
左の柱 :力・峻厳:女性:受動:動的

男女カップルの神格を複数設定するのは、グノーシス主義のアイオーン、そして、「形成の書」を引き継いでいます。
ですが、均衡(子)の原理を複数設定している点はカバラに特徴的です。

しかし、その創造プロセスは完全な形では行われませんでした。
まず、「アダム・カドモン」が上位の3つのセフィロートを生み出した後、下位のセフィロートが生み出されます。
しかし、第5セフィラ「ゲブラー(厳格)」が第4セフィラ「ヘセド(慈悲)」を拒否して均衡を崩すことで、「ベリアー界」、「イェッツラー界」のセフィロートである光の「容器」が破壊されます。
「アツィルト界」から流出した光が強烈すぎたために、壊れたなどと説かれます。

そのため、容器と光はバラバラになって、そして第10セフィラの「マルクト=シェキナー」も一緒に、「クリフォト(壊れた殻)」の領域である「アッシャー界」に落ちました。
これが「悪」の発生とされます。

ここには、グノーシス主義やマニ教の影響を見て取れます。
最下位の女性の神格が堕落する、女性の神格がカップルを壊すことで堕落する、という点はグノーシス主義に見られます。

これによって、「悪の樹」が生まれたとも考えられました。
「生命の樹」の通常の聖なるセフィロートの裏側に、「悪の樹」のクリフォト(「セフィラ」に対応する単数は「クリファ」)があるという教説です。
これらは、セフィロートが均衡を崩した状態を表現しています。

さらに、その後、アダムが犯した罪によって、「マルクト=シェキナー」が改めて上位9のセフィロートから切り離されます。
この原罪は、「生命の樹」(イエソド)と「知恵の樹」(マルクト=シェキナー)の分離、「知恵の樹」のみを崇拝することであるとも説かれます。


<小径>

「形成の書(セフィール・イエツラー)」以来、22のアルファベットが21番目から32番目までの「径(パス)」とされてきましたが、これらはセフィロートの間をつなぐ「小径(パスウェイ)」とは別のものでした。
ですが、16C頃までに「小径」が22のアルファベットに対応させられました。

「小径」の結び方には様々なパタンがありました。


パスウェイ.jpg

図の1が多数派、2はイサク・ルーリア、3はエリヤフ・ベン・シュロモです。
ちなみに、17Cに以降の4はクリスチャン・カバラの説で、アタナシウス・キルヒャーに由来します。


キルヒャーは「小径」の上から下への順と、アルファベットの順を対応させましたが、ユダヤのカバリストはこの対応はさせていません。
ただ、ごくごく大まかな対応を見て取ることは不可能ではありませんが。


それより重視されたのは、アルファベットの母字を3つの水平線に、重複字を7つの垂直線に、単純字を12の斜線を対応させていることです。



<占星学的宇宙像との対応>

中世ユダヤ神秘主義、カバラの潮流」でも書いたように、ユダヤの神秘主義思想はバビロニアを中心に発展してきたものです。
ですから、カバラの神智学・宇宙論には、新プラトン主義やグノーシス主義、カタリ派の影響のさらにその背景である、占星学的宇宙像(カルデアン・マギの宇宙像)やズルワン主義(ミトラ教神智学)からの影響を推測することができます。
そのため、対応関係について書いてみます。

カバラの神智学における、神の隠れた3の次元、「エン(無)」→「エン・ソフ(無限)」→「エン・ソフ・オール(無限光)」は、ズルワン主義においては、「両性具有のズルワン」→「父なるズルワン」→「母なるアナーヒター」に対応します。
そうすると、次のセフィロートの原点である「ケテル」が、「子なるミトラ」に対応することになるのでしょう。
もちろん、より直接的にはミトラは大天使メタトロンに対応します。

セフィロートに関して言えば、セフィロート自身は神の内部構造なので、物質的な宇宙に直接対応はしませんが、その象徴的な対応はあります。
第1のセフィラは宇宙卵、第2のセフィラは恒星天、第3から第9のセフィロートは、7惑星天、第10のセフィラは地上に対応します。

また、ルネサンス期以降のキリスト教カバリストは、10のセフィロートを偽ディオニュシオスの天使の9位階を結びつけました。

ルネサンス期以降のキリスト教カバリストや魔術的カバリストは、10のセフィロートの間をつなぐ22の道に対して、次のような対応を考えました。
つまり、22の道を、12宮+7惑星+3元素(空気は媒体と考えて省く、もしくは、土はマルクトなので省く)と対応付けました。

また、「アツィルト」、「ベリアー」、「イェッツラー」、「アッシャー」の4世界説は、直接的な対応はありませんが、プトレマイオス派グノーシス主義の4世界(アイオーン、中間界=恒星天、7惑星天、地上)とも似ています。


*セフィロートと「生命の樹」の瞑想に関しては、姉妹サイトの「カバラの生命の樹の観想」をご参照ください。

イユーン、ゾーハル、テムナー(スペインのカバラ)

12Cにフランスのプロヴァンスやラングドックで生まれたカバラは、その後、13Cにはスペインに引き継がれ、カバラ最大の聖典「ゾーハル(光輝の書)」などが著され、カバラ思想が一つの総合された姿で確立されました。

その後、スペインからのユダヤ人の追放をへて、カバラはパレスチナなどでさらなる発展をします。

この稿では、13Cのペインのカタルーニャやカスティーリャで発展したカバラについて紹介します。


<イユーン(思索の書)とミドト>

13C初め頃、スペインで最初にカバラが研究されたのは、カタルーニャ地方です。
トレドのイユーン派が代表的存在で、「セフェル・ハ=イユーン(思索の書)」、「セフェル・ハ=イフード(結合の書)」などを著しました。

イユーン派で特徴的なのは、10の「セフィロート」ではなく、13の「ミドト(様態)」を中心としたことです。
「ミトド」は、隠れた栄光から生じる神の様態・力です。
まず、「原初のエーテル」が存在し、13の「ミトド」のカップルが生まれます。

13の「ミトド」と10のセフィロートの対応は、10のセフィロートの上に3つの「ミトド」に当たる「原初の内密な光」、「透明な光」、「明るい光」があると、しました。

また、カタルーニャでは、ジローナが現在のセフィロート名で、その関連を「生命の樹」として説きました。


<ゾーハル(光輝の書)とシモン・ベン・ヨハイ>

その後、カバラ研究の中心地は、カスティーリャ地方に移ります。

1280年から86年にかけて、カスティーリャのゲロナで「セフェル・ハ=ゾーハル(光輝の書)」が著されました。
「ゾーハル」は、「聖書」、「タルムード」に継ぐユダヤ教の聖典であり、カバラ最高の聖典となりました。
ただし、「ゾーハル」が初めて出版されたのは、北イタリアで、1558-60年にかけてです。

この書は、2C頃のミシュナー教師のシモン・ベン・ヨハイが洞窟で行った、旧約を注釈する講義と偽って、当時のアラム語を模して書かれました。
全体は20章ほどの断章からなり、決して体系的な書ではなく、説教的な形式のものです。
しかし、その内容は、当時までに発展した様々なカバラ思想が集約されています。

その内の18章の本当の著者は、モーセス・デ・レオン(1240-1305)であると考えられています。
レオンは、グノーシス派のトードロス・アブラフィアのサークルに近かった人物で、マイモニデスを学んだ後、プロティノスの影響を経て、カバラの研究に至ります。
 
「ゾーハル」では、セフィロートを光の流れとして描き、今日に近い形で「生命の樹」が語られます。
ちなみに、一般に「ティファレット(美)」とされる第6のセフィラを、ほとんどの場合、「ラハミーム(慈悲)」と呼んでいます。

「ゾーハル」に特徴的な思想としては、セフィロートの流出において、「生命の樹」の左右の柱に相当する、男性(能動)と女性(受動)の対立原理が、中央の柱に相当する均衡を繰り返しながら、創造が行われるとする点などがあります。

また、「ゾーハル」では、従来のユダヤ教が説いて来なかった「原罪」を説きます。
これは、カタリ派やグノーシス主義の影響でしょう。
「原罪」は、蛇がエヴァを誘惑して結合したことに由来し、これによって「マルクト」が汚されたとします。
「ゾーハル」における輪廻は、他のカバリストとは違って、人への輪廻に限られ、子を産まなかったゆえに再度、人間へと転生するということが説かれます。

また、アブラハム・アブラフィアの弟子でもあったヨセフ・ギカティラは、預言カバリストでしたが、シモン・ベン・ヨハイとも交流を持って神智学カバラに転向しました。
そして、「シャアレイ・オラー(光の門)」を著して、聖書のモチーフを元に、セフィロートの象徴を解説しつつ、それを発展させました。


<グノーシス主義系グループと悪の問題>

「ゾーハル」とほぼ同時期のカスティーリャでは、イサク・ハ=コーヘンや、ジャコブ・ハ=コーヘン、トドロス・アブラフィア(1220-1298)らの、2元論的・グノーシス主義的なカバリストのグループの活動があって、モーセス・デ・レオンとも交流がありました。
彼らは、悪の問題を中心テーマとしたカバラ思想を展開しました。

通常の聖なる10のセフィロートとは異なる、「左」からの10のセフィロートの流出の説を唱えました。

また、サマエルとリリトによる悪の王国と、神の側の戦いというテーマも語られます。


<テムナー(形象の書)と世界周期論>

14C初頭頃に、おそらくスペインでなくビザンツ帝国のどこかで、「セフェル・テムナー(形象の書)」が著されます。
この書には、世界周期論をセフィロートや律法(トーラー)と結びつけた興味深い思想が見られます。

13C頃には、カバラの一部で、世界の創造・終末は一回限りのことではなく、7回繰り返されるとする思想が生まれました。
1つの世界は誕生後6000年経つとメシアが現れ、7000年で終末を向かえ、それが7回繰り返して、最終的な終末を迎えると考えました。

「テムナー」では、最初の世界は、第4セフィラ「ヘセド」に対応し、それ以降の世界は第5から第10セフィラに対応します。
そして、最後の終末には、世界は第3セフィラ「ビナー」に戻ると考えました。

また、律法に関しては、それぞれの世界において、7度、異なる律法がもたらさせるとします。
「テムナー」以前に、カバラには、現在の律法は「知恵の樹」が支配する時代の「創造の律法」であるのに対して、終末には、「生命の樹」に対応する「流出の律法」がもたらされるという考えがありました。
「テムナー」では、現在の周期の律法は厳格な裁きに対応しますが、次の周期はユートピアの周期となり、律法の見えない文字が浮かび上がって、禁止命令のないものになるとします。

こういった世界周期論、循環宇宙論は、古くはバビロニアの宇宙像やゾロアスター教にありますが、ほぼ同時代のイスラム教イスマーイール派が、7周期という点でも、律法(シャリーア)が更新されるという点でも似ていて、その影響を受けたと思われます。