カントールの無限論と数理神学(数学と物理学の神秘主義)

「無限論」や「集合論」の創始者として知られるゲオルグ・カントールは、現代数学の父です。
彼は、それらを、単に数学であるだけでなく、「神学」であり、「哲学」であると考えていました。
そして、彼は、「集合」を「イデア」であると考え、「無限」を「神」、「無限論」を「神学」であると考えていました。

ですが、「無限」に「大きさ(階層)」の違いを発見した彼の理論は、神秘主義的です。


<数学と物理学の神秘主義>

当ブログでは、古今東西の神智学、宗教、神話、哲学、そして、その他の人文諸学などに存在する神秘主義思想を取り上げています。
ですが、自然科学にも神秘主義思想を見つけることができます。

東洋や古代、西洋でもルネサンス期の自然科学は、自然哲学や神学と一体性が高いので、当然そうです。
ですが、近現代においても、神秘主義的なものがあります。

古代からの数学の神秘主義、数秘術は、ピタゴラス主義のように、数に関する象徴主義です。
近代以降の純粋数学においては、この象徴主義は否定されました。
また、現代物理学においては、例えば、方程式が何を意味しているのかを問わず、純粋に計算の実用性のみが求められる傾向があります。

純粋数学・物理学のような厳密に理性的・合理的に探求され、あるいは、実験によって実証されるものを、神秘主義的と表現するのはおかしいと思う人もいるでしょう。
ですが、神智学、神秘哲学には、理性や合理、現実を重視するものも多いですし、真理を目指せば、どうしても日常的な合理の限界を超えて神秘主義的にならざるをえないと思えます。
それに、現代数学、現代物理は、どんどん日常的な現実や実証から遠ざかっている傾向があります。

もちろん、どんなものを神秘主義的と考えるかは、定義の問題です。

例えば、近代哲学の父と呼ばれるデカルトは、解析幾何学を創造しました。
古代数学が直観を重視する学であったのに対して、デカルト座標をもとにした解析を重視します。
これに時間を組み込んで物体の運動を記述するのがニュートン力学です。
そして、そのような時間、空間の感性的直観形式が先験的だとしたのがカントです。

また、デカルト座標は、実数で構成される3次元空間で成り立っています。
デカルトは、「虚数」を認めず、それを「想像上の数(nombre imaginaire)」と名付けました。
また、4次元以上の高次空間も認めませんでした。
「複素数(実数と虚数で構成される)」は、それ自身、実数次元にプラスして「虚数」次元という高次次元を持っている数だとも言えるので、これは、デカルト的認識では、認められません。

これらデカルト、カント的な枠組みが、近代の合理的な世界観を築きました。
いわば、近代科学における公教、顕教です。

ですから、「虚数」や「高次元空間」を扱う数学は、一種の秘教、神秘主義だと考えることができます。
一般的な世界観識の外側だからです。

この定義で考えれば、現代物理においては、「虚数」を含む波動方程式や、無限次元ヒルベルト空間における作用素論としても定式化されている量子力学、10次元空間を前提とする超弦理論は、神秘主義的です。

量子力学は、「相補性(Aでもあり非Aでもある)」や、「不確定性原理」、確率的存在概念を物理学に持ち込んでいて、これらの点でも神秘主義的です。
さらには、素粒子を真空のエネルギーのゆらぎとしての「場」に還元した「場の量子論」は、ほとんど、「色即是空」の世界です。
そのためか、量子力学の創始者達には、ハイゼンベルグ、ボーア、湯川秀樹のように、タオイズムなどの東洋思想に傾倒していた人が多くいます。

また、「無限」を扱う数学は、神学的であり、その扱い方によって神秘主義的です。

デカルト座標には、無限遠点という形で「無限」が想定されるのですが、当時、「無限」について定式化することは行われませんでした。
それどころか、カントは、「無限」に関して、物自体の世界には存在しても、あるいは、数学的には存在しても、我々の現実の認識世界には存在しないと考えました。

以下、「無限」を数学であると同時に、哲学、神学として考えた、カントールの「無限論」を中心に、「無限論」に関して書きます。 


<ギリシャの無限論>

ギリシャにおける合理主義的思想は、数的な比率の調和を重視しました。

ピタゴラス教団には、「無理数」という割り切れない数の存在を漏らしたヒッパソスが殺された、という伝説があります(あくまでも伝説です)。
「無理数」は、世界の調和の教説に矛盾するからです。

「有理数」は、離散的で、有限であるのに対して、「無理数」は、連続体であり、「無限(数字では小数点以下が無限に続く形でしか表せない)」を含んでいます。

ギリシャの合理主義思想は、アリストテレスが代表します。
アリストテレスは、2つの無限、「可能無限」と「実無限」を区別しました。

「自然数」を数え続けると、終わりがないことが、「可能無限」、「加算無限」です。
それに対して、「自然数」全体の総数が無限であることが「実無限」です。

アリストテレスは、可能態である「可能無限」は認めましたが、現実態である「実無限」は認めませんでした。
無限を認めると、「部分=全体」という論理矛盾が生じるから、それを否定したのです。

ですが、ピタゴラスもプラトンも、「実無限」に相当する存在を認めていました。

プラトンの不文の教説では、世界は「一/不定の二」の2原理からなります。
ピタゴラス派では、これを「限定/無限」と表現していました。
これらは「形相/質料」に対応するものです。
つまり、「無限」は「質料」に対応し、それは「悪」の原理なのです。

このように、ギリシャにおいては「実無限」は存在を認められなかったり、認められても質料的な「悪」なる存在でした。


<西欧の無限論>

ところが、ギリシャ教父の時代になって、神を「無限」と考えるようになりました。
キリスト教では、神=「無限」であって、「無限」=神になったのです。

つまり、ギリシャ的な「調和」の思想は、西欧・キリスト教的な「無限(連続体)」の思想へ移行し、「無限」の意味は180度反対になったのです。

「無限」には不思議な性質があります。
例えば、「整数」全体の総数と、「偶数」全体の総数はどちらが大きいでしょうか?
「整数」は「偶数」と「奇数」からなるので、「整数」全体の総数が、「偶数」全体の総数の2倍ありそうに思えます。
ですが、数学的には、どちらも同じ「無限」となります。
つまり、「偶数」全体は「整数」全体の部分であるにも関わらず、同じ大きななのです。

17Cにガリレオは、離散的な「自然数」についてこのことに気づきましたし、19Cにボルツァーノは、連続体の「実数」についてもこれに気づきました。
ですが、両者共に、この考えを進めることはしませんでした。

また、先に書いたように、カントは、我々の世界には「実無限」は存在しないと考えました。
彼は、「部分=全体」となる「実無限」を認めないアリストテレスを継承していると言えます。

「無限」は、「無限小」にも表れます。
「微分」や「無限小」の発明者であるライプニッツは、「虚数」を存在と無の両面を備えた「聖霊」的存在であると考えました。
そして、微分を延長(外延量)に対する内包量とし、実在的なものと考えました。

微分には、アナロジーとして「出来上がった世界」に対する「それを作る世界」という側面があって、これはベルグソン=ドゥルーズ的な哲学では「潜在性」の世界であり、宗教的には秘教の世界です。


<カントールの無限論> 

この無限についての数学的な探求を、常識を超えて進めたのが、ゲオルク・カントール(1845-1918)です。
彼は「集合論」の創始者であり、「集合論」に基づいて「無限論」を創造しました。

カントールの「無限論」は、当初、多くの数学者から空論として批判されました。
彼の上司だった数学者のレオポルド・クロネッカーは、「自然数だけが神が作り給うた」と主張し、カントールの論文の学術誌への掲載を拒否するなど、彼をイジメました。

ですが、ローマ法王レオ13世が率いる神学者達は、カントールの味方をしました。
レオ13世は、神学と科学の一致を旨とする新トマス主義を掲げていました。
「無限論」は神学であることを、カントールもレオ13世も理解していました。

カントールが証明したのは、まず、無限において「全体と部分は同じ」ということです。
例としては、「自然数」全体の総数と「有理数」全体の総数は同じということです。
彼は、これを、両集合のすべての要素を1対1で対応づける(全単射)ことができるので、同じ大きさであると証明しました。

「自然数」は「有理数」に含まれ、「有理数」は「自然数」と違って、稠密(例えば、0と1の間に無限に存在する)な数なので、その総数が同じであるというのは、大変不思議で、常識的な「直観」に反します。

これは、神学的には、全体としての神と、部分としての神が、どちらも同じ神であるということです。
キリスト教的には「三位一体説」が成り立っても良いことになります。
また、自然界にも無限はあるので、神は自然に内在しても良い、人間として受肉しても良いことになります。

次に、カントールが証明したのは、無限には「大きさ(濃度)」の違う無限が存在すること、そして、無限に大きな(無限に濃度の濃い)無限が存在する、ということです。
例としては、「実数」全体の総数は「有理数」全体の総数より大きいのです。
言い換えると、連続体の無限は非連続体の無限より大きいということです。

一般化すると、「べき集合」(ある集合のすべての部分集合を要素とする集合)の要素の総数(無限)は、もとの集合の要素の総数(無限)よりも大きいのです。
実際、「実数」は「整数」の「べき集合」になっています。

これは、無限において「部分の総和は全体を超える」ということです。

無限に大きさの違いがあるということは、神に階層がある、神に内部構造が認められるということです。

これは神学的には、例えば、ギリシャ正教(パラミズム)の、神の「本質」と「活動(エネルゲイア)」の違いを認める説が成り立っても良いのです。
パラミズムでは、神の「活動」は瞑想によって直観可能だけれど、「本質」は直観不可能なのです。
あるいは、カバラが神の内部構造として10のセフィロートの階層性を認める説が成り立っても良いのです。

この無限に大きさの階層性があることは、神学的というより、神秘主義的です。

次に、カントールは、「実数」の総数(直線上の点の総数に当たる)の無限と、「複素数」の総数(平面上の点の総数に当たる)の無限の大きさの違いを証明しようとしました。
ところが、これに3年間を要し、両者の大きさが同じことを証明してしまいました。

つまり、無限=神においては、次元の違いはない、実数と虚数に違いはないのです。
これも、常識的な「直観」に反します。
この証明をした時、カントールは、「見たけれども、信じることができない」と書きました。

Georg_Cantor.jpg


<カントールの数理哲学>

カントールは、「無限論」を構築する中で、神学だけでなく、哲学も意識していました。
実際、彼は、プラトン、アリストテレス、クザーヌス、ブルーノ、カント、ライプニッツ、スピノザらが無限をどう考えていたかを研究しています。

そして、自分の「無限論」の成果を反映した哲学を構想していました。
それは、スピノザ、ライプニッツを基礎として、彼らを乗り越えようとするものでした。

カントールが創造した「集合論」は、数学を基礎づけ、数学を新たな段階に飛躍させるものとなりましたが、彼自身は「集合論」を、数学より包括的な「哲学」であると考えていました。
そして、「集合」を、プラトンの「イデア」や「混合者(ミクトン)」に近いものと考えていました。

彼は、自分が「無限論」の中で創造している諸概念が、プラトン哲学の、「限定(ペラス)」、「無限(ト・アペイロン)」、「混合者」のどれに当たるかも考えていました。

カントールは、自分が数学的に定義した無限が、「実無限」に当たると考えました。
また、それは、スピノザの言う、「形相的無限者」ではなく、「神」である「本来的無限者」であるとも考えました。

また、カントールは、当時の物理学の中にあったエネルギー論と原子論の対立に対して、「物体モナド」と「エーテル・モナド」の2種類の構成最小単位を導入し、それぞれの「濃度」に違いがあるという説を提唱しました。
つまり、物質界とエーテル界の階層の違いを「無限」の「濃度」の違いとして考えたのです。

カントールの「無限論」は、従来の数学とは性質の違うものです。
従来の数学は、「問題」を解決するために発展してきましたが、カントールの数学は、「無限とは何か」を問うことによって、新しい「概念」を創造するものでした。
こうして、抽象的な現代数学が始まったのです。


そして、従来の数学が、「直観」を重視したのに対して、カントールの「無限論」は、通常の「直観」が捉えることができないものであり、「論証」によって認識されるものでした。

カントールは、点や直線、時間は「直観形式」ではなく、概念の「表象」にすぎないと主張しました。
彼は、ギリシャ的な「直観」を否定し、カント的な「直観形式」を否定し、ニュートン的な絶対時間を否定しました。

ところが、カントールは、「論証」の限界に突き当たったのです。



<連続体仮説とカントールの精神病>


カントールは、「自然数」全体の総数の無限は、一番小さい無限であることを証明しました。
「有理数」全体の総数は、それに同じです。

では、「実数」全体の総数の無限は、次に大きな無限なのでしょうか?

これを一般化すると、「ある無限集合の濃度と、そのべき集合の濃度の間の濃度は存在しない」となります。


カントールは、「直観的」にそうだと感じていて、それを証明しようとしました。
これは「連続体仮説」と呼ばれます。
これが真であるかどうかは、無限論の体系化の基礎に関わることです。


カントールはこれの証明に注力しましたが、証明に至りませんでした。

先に書いたように、カントールは、無限が神であることを意識しており、彼にとって、「無限論」は神の秘密を説く神学でした。
無限の大きさの違いの問題は、公教的な神学を超えて、神秘主義的神学の問題でしょう。

カントールは「連続体仮説」の証明に失敗しつづける中で、徐々に精神を病んでいきました。
鬱になり、妄想を抱くようになり、発作を起こすようになりました。
そして、とうとう、「連続体仮説」は証明すべきものではなく、神の「啓示」であると考えるようになりました。

カントールが「連続体仮説」を信じたのは、「直観」によるとしか言えません。
ですが、彼は、無限には常識的な「直観」が通じないことを知っていましたので、「啓示」と表現したのでしょう。

これは、「常識的直観」ではなく、「神秘的直観」と言い換えても良いでしょう。


<ゲーデルの不完全性定理と精神病>

カントールが亡くなった後、「不完全性定理」を証明した天才、クルト・ゲーデルが「連続体仮説」に挑みました。
ただ、彼は、カントールと反対に、「連続体仮説」は間違っていると「直観」していたのですが。

ゲーデルの有名な「不完全性定理」は、証明できない命題(真理)がいくらでも存在する、そして、体系の無矛盾性の証明はできない、といった内容の定理です。
これは、神学的に言えば、完全な神学は存在しえない、ということです。
拡張解釈すれば、全知なる神は存在しない、となります。

ちなみに、ゲーデルは、発表はしませんでしたが、「神の存在証明」を行っています。

で、結果はどうなったかといえば、ゲーデルは「連続体仮説」を証明できませんでした。
ですが、彼の予想とは反対に、それが真実であるとしても無限論の体系と矛盾しないことが証明できました。

そして、なんと、ゲーデルは、カントール同様に、「連続体仮説」に挑む中で、精神を病んでしまいました。

一般に、神秘主義的体験の探求では、精神を病むことは多いのですが、「無限論」に挑むことも、精神を病む原因になるようです。

ですが、その後、ポール・コーエンが、ゲーデルの「不完全性定理」を用いて、「連続体仮説」が、偽であっても体系と矛盾しないことを、つまり、「連続体仮説」は証明できないことを証明しました。

こうして、無限の濃度、つまり、神の内部階層に関する基本的な真理の一つは、証明できず、「直観」する(公理化する)しかないことが証明されたのです。

ユングによる東洋神秘主義の曲解(道教、インド哲学、仏教)

ユングは、道教、易経、ヴェーダーンタ哲学やサーンキヤ哲学といったインド哲学、仏教、チベット密教、禅などの東洋の神秘主義的思想を研究し、その影響を受けています。

ですが、それらに関する解釈は、自身の理論に引きつけたもので、ほとんど曲解というべきものでした。

このページでは、ユングが行った東洋神秘主義の曲解をまとめます。


<論文と基本姿勢>

ユングが東洋の思想や瞑想法に関して書いた、主な論文などは、下記の通りです。
講演を別にして、ユング一人で、一冊まるまる書いて発表した著作はありません。

1929年 リヒャルト・ヴィルヘルム「太乙金華宗旨」の解説
1932年 講演「クンダリニー・ヨガ」
1935年 エヴァンス・ヴェンツ訳「チベット死者の書」の序文
1936年 論文「ヨーガと西洋」
1939年 鈴木大拙「禅仏教入門」の序文
同年  エヴァンス・ヴェンツ訳「チベットの大いなる解脱の書」の註釈
1943年 論文「浄土の瞑想」
1944年 ハインリヒ・ツィンマー「インドの聖者」の編集・序文
1950年 ヴィルヘルム英訳「易経」の序文

ユングは、東洋の瞑想法を、西洋人がそのまま行うべきではないと考えました。
逆に言えば、西洋人は、ユングの開発した「能動的創造力」という「瞑想法」を行うべきだということです。

その理由の一つは、西洋人は、まず、自らの「影」と対決しなければいけないからです。

ユングは、「中国的瞑想を直接試みさせることは大変な過ちであろう。そんなことをすれば、西洋の意志と意識が問題に突き当たるのであるから、意識は無意識に対して一層強められるだけになり…」(「黄金の華に秘密」)と書いています。

同様な意味で、ユングは、インド志向だった神智学を批判しています。
「神智学の徒にならって、貧弱な身体を東洋風の華美な衣装で包み込もうとする者があれば、彼は自分自身の歴史に対して不誠実になるであろう」(「元型論」)。


<道教>

ユングは、中国学のリヒャルト・ヴィルヘルムから送られた道教の内丹の瞑想書「太乙金華宗旨(黄金の華の秘密)」を読んで、この書に、西洋の錬金術と同様のものを見出して、本格的に西洋の錬金術の研究を始めました。

ですが、西洋の錬金術が「外丹」であるのに対して、この書は「内丹」の書です。
つまり、この書がテーマにしているのは、思考を滅しながら、「気」をコントロールして、実際に不死の「気の身体」を作る瞑想法です。
無意識の心理との対面や統合を目指したものではありません。
ですが、ユングは、すべてを心理的に解釈します。

例えば、ユングは、「黄金の華の中に、あるいは一インチの空間(寸田)の中に、「金剛身」すなわち永久に朽ちることのない微細身が生まれるという観念が、形而上学的に主張されている」、「心理的事実に対する象徴的表現」と書きます。
ですが、「金剛身」とは、心理的概念でも、形而上学的概念ではなく、気を練って実際に作る「陽神」のことです。

また、この書が説く「回光」に関しても、ユングは、回転、囲い込むこと、聖域の隔離…といった心理的解釈をしますが、これはユングにとっては「マンダラ」です。
実は、ユングが「マンダラ」について初めて書いたのは、この書でです。
ですが、「回光」とは、気を身体の前後の脈にそって移動させる「小周天」と呼ばれる具体的な方法のことです。

ユングが、西洋の錬金術に見出したものは、錬金術師が化学的過程に投影した無意識ですから、この内丹書に関しても、気を練る操作に無意識を投影したのだと無理に解釈することは可能かもしれません。
ですが、ユングは、内丹の本質が、気の具体的な操作であるということそのものを理解していないでしょう。

ちなみに、ヴィルヘルムは、中国の霊魂観の「魂」を「アニムス」、「魄」を「アニマ」と訳しています。
また、ユングは内丹における「性(=心)」が「ロゴス」、「命(=気)」が「エロス」に当たると解釈しています。
これも、あまり適当とは言えないでしょう。


<インド哲学、仏教>

ユングの「自己」という概念は、インド哲学の「プルシャ」や「アートマン」から影響を受けていて、「プルシャ」や「アートマン」を「自己」であると書いています。
また、「仏陀」も「自己」の象徴であると書いています。

ユングは、それらを、「無意識」であると言います。

「インド哲学では「高次の」意識と呼ばれているが、これはじつは西洋人が「無意識」と呼ぶものと一致している」(「個性化とマンダラ」)。
「ヨーガ行者が到達するサマーディの完成、恍惚の状態は、われわれの知るかぎり無意識の状態に当たる」(「個性化とマンダラ」)。

ですが、「プルシャ」や「アートマン」は「純粋意識」と表現されるべきものであって、最初から、決して「無意識」ではありません。
ユングが「無意識」と言っているもの、「自己」と言っているものは、サーンキヤ哲学で言えば、「プルシャ」ではなく、「プラクリティ」に当ります。

ユングは、「西洋人は上へと高まろうとするのだが、インド人は、母なる自然の深みに帰ることを好むのである」(「浄土の瞑想」)と書きますが、そうとは限りません。

ユングは、「自我のない意識というものを思い浮かべることすらできない」(「個性化とマンダラ」)と書いていて、東洋思想の核心を完全否定しています。
東洋思想の多くは、まさに、「自我」のない「意識」を求めます。

また、ユングは、東洋の瞑想法は、無意識を統合するものであると考えました。

ですが、東洋の瞑想の本質は、意識的であれ無意識的であれ、思考やイメージをなくすことであり、また、その無分別な状態で「知恵」を得ることです。
「仏陀」は、「知恵」を通して「煩悩」を滅した存在であって、「自己」ではありません。
仏教の知恵は、内面の無意識に対する「知恵」ではなく、「煩悩」はそれらに対する無知、統合されざる無意識ではありません。

インド哲学は、「純粋意識」とそれ以外のものを区別する認識を求め、仏教は、諸行無常の認識を求めます。
ですが、ユングには、無意識の意識化以外に、「認識」という観点がありません。

ユングは、「意識が拡大するにつれ、意識の個々の内容は明晰さを失っていく」(「個性化とマンダラ」)と書きますが、東洋の瞑想は、集中によって明晰さを高めていきます。

東洋の諸宗教の瞑想法では、一般に、イメージにこだわらないこと、それを否定することを原則としています。
ですが、ユングの思想では、イメージと対面してそれを統合しなければいけません。

「能動的創造力」はイメージを発展させる「夢見」の技術であって、イメージを統御する意味での「瞑想法」ではありません。

このように、正反対のことが説かれるのですが、ユングはこの矛盾を、次のように言って回避します。
東洋では無意識のイメージが力を持っているので、それを否定するように説かれるけれど、西洋では無意識のイメージが単なる幻想として否定されるので、むしろ、その実在性を理解しなければいけないのだ、と。

ただ、タントラ(密教)やバクティ・ヨガには、ユング的に解釈可能な瞑想法もあると思いますが。


<チベット仏教>

「チベット死者の書」は、3つのバルド(意識の次元)を区別しながら、死の瞬間の純粋な空の状態(チカイ・バルド)から、神々などのイメージが現れ(チェニィド・バルド)、最終的に再生に至る(シドパ・バルド)過程を説いています。

1935年、ユングは、エヴァンス・ヴェンツ訳「チベット死者の書」の序文を書きました。
彼は、「チベット死者の書」が説く3つのバルトの2つに関して、次のように心理学的に解釈しています。

1 チカイ・バルド  
2 チェニィド・バルド=集合的無意識の元型的イメージの世界
3 シドパ・バルド  =フロイトの精神分析学の領域

306fe4ec.jpg
*チェニィド・バルドで現れる神仏のマンダラ的イメージ

ですが、ユングは、「テキストを逆に読んでいくことによって…」と書いているように、「チベット死者の書」を後ろから読んで、それが、東洋的なイニシエーションの過程、つまりは、ユングの「個性化の過程」に当たっていると解釈します。
無茶な解釈です。

1939年には、エヴァンス・ヴェンツ訳「チベットの大いなる解脱の書」の序文を書きました。
この書は、「明知」、「自己解脱」といった概念を含む、ゾクチェンの書です。
当時、ゾクチェンは、まだ西洋世界には知られていませんでしたので、この書を理解することは不可能でした。

ユングは、ゾクチェンの「自己解脱」を「自己を救い出すこと」と解釈していますが、違います。
「空」から心に現れたものが、自然に煩悩性をなくし、消滅することです。

また、「明知」に関して、「意識の解消のようなものであり、従って、無意識状態に直接近づくことであるだろう」と解釈しますが、違います。
「明知」は、基盤としての本来の心が、最初から自覚的な意識を伴っていることを表現します。


<禅>

1939年、ユングは、鈴木大拙「禅仏教入門」の序文で、「禅」について、次のように書きました。

「意識がその内容についてできるだけ空っぽになった場合、その内容は、一種の(少なくとも一時的な)無意識の状態にある」
「(無意識は)…心の全体を意識的に方向づけるために必要な一切のものを、意識の表面へもたらすのである」
「弟子の無意識の内なる本性が、師匠や公案の問いに対して応答するものが、明らかに「悟り」なのである」

つまり、禅の瞑想で、思考を停止させると、無意識の状態になり、無意識から意識に上げるにふさわしいものが意識に上がってくる、というのです。
公案の答えも、そのように答えるのだと。

禅の瞑想では、基本的に無意識の状態を目指しませんし、無意識から上がってきたものは、捨てられます。
一般に、公案の答えは、合理を超えたものを、態度や言葉で示すことです。


<東洋思想への投影>

ユングの錬金術研究は、実際の化学的変成という物理的事実でもなく、錬金術のヘルメス主義的な形而上学でもなく、錬金術師が錬金過程に投影した無意識が研究対象であり、ユングはそれを自覚していました。

それに対して、ユングが東洋思想・東洋の瞑想法に対して行った解釈は、実際の瞑想法でもなく、その形而上学でもなく、ユングがそこに投影した自分の思想であり、ユングはそれについて無自覚でした。


ユングによる西洋宗教潮流の解釈(キリスト教、グノーシス主義、錬金術)

ユングは、ミトラス秘儀、グノーシス主義、錬金術などの、ヘレニズム、西洋の秘教を研究し、それらを一つの根拠として、彼の分析心理学の理論を作り上げました。
また、彼は、西洋の思想潮流の表層にキリスト教が、深層に古代ゲルマンの宗教や秘教があると考えました。

このページでは、ユングのユダヤ・キリスト教、及び、西洋の神秘主義の解釈をまとめます。


<ゲルマンの神とキリスト教>

ユングは、作家オスカー・シュミッツ宛書簡で、
「神々はヴォータンの樫の木のように打倒され、その切り株にキリスト教が接ぎ木されました。
…ゲルマン人は今なおこの切断に苦しんでいます。
…私たちは自らの中の原始的なものへと掘り下げていかなければなりません。
…必要なものとは、つまり、神を新たに経験することです。」
と書いています。

ユングは、ユダヤ・キリスト教を文明化されたもの、キリスト教以前のゲルマン人を野蛮、と表現します。
ですが、キリスト教は残酷に押し付けられたユダヤ人の宗教であり、人を自然から、自然な本性から切り離してしまったのです。
また、ユダヤ人の宗教は、アーリア人や他の人種の宗教のように、イニシエーションによる再生のイメージを持っていないと。

ところが、ゲルマン人の無意識の層には、キリスト教以前のアーリア人の自然宗教(ヘレニズム秘儀も含む)が生きていると考えました。

ユングは、ヴォータン(オーディン)がゲルマン人の真の神であり導師であったと言いいます。
そして、彼は、ドイツにおけるナチズムの台頭について、ヴォータンが現れてきていて、この神に対して無意識のままであれば、それに憑依されてしまうけれど、それを意識化すると霊的再生が可能だと、注意を促しました。

ちなみに、ユングは、アメリカでナチズム批判をして、著作が発禁になりました。


<旧約と新約>

ユングは、生涯に渡って、ユダヤ・キリスト教の「善なる神」が、善悪の両面を持つ人間を作った意味、そして、人間イエスに受肉した意味を、心理学的に考え続けました。

ユングは、晩年の著作、「ヨブへの答え」(1952年)で、旧約の「ヨブ記」が、ユダヤ教の神観念(罰する神)がキリスト教の神観念(愛する神)へと変化する最初のポイントであったと解釈しています。

ヨブは、悪行をなしていないのに、様々な試練を受けて、罰せられ、このことを不当だと、神に訴えました。
ユングの解釈では、人間であるヨブの方が正しく、ヨブは神よりも倫理的に上位に立ったのです。
ヨブは、神を疑うような、反省的な意識を持つ存在になりましたが、一方の神は、人間よりも無意識で、意識(善なる神)と無意識(悪魔)が分離した存在でしかなかったのです。

神はこれに気付き、ショックを受け、反省して、人間に追いつくために、人間になる必要があると決意したのです。
こうして、神は、イエス・キリストとして人間に受肉して、贖罪を行いました。
これは、神自身による、神自身の無意識に対する贖罪であり、無意識の内的葛藤の意識化です。

ですが、神の人間化は、まだ、不十分なのです。
神は、まだ、純粋に善なる男性的存在であり、イエスという特殊な人間になっただけです。

ですから、イエスの後、パラクレート(聖霊)が人間に霊感を与えるという形で、普通の人間への受肉が続くのです。

「ヨブへの答え」は、1950年にカトリックが「聖母被昇天」(聖母マリアが肉体のまま昇天したとする説)を認めたことをきっかけに出版されました。
ユングは、「聖母被昇天」は、従来のキリスト教の正統教義「三位一体」に加えて、第4の「母」の神性を認める革命的なものであり、神の人間化の進展を示すものだと考えたのです。


<表層のキリスト教と深層の秘教>

キリスト教では「父/子/聖霊」の「三位一体説」が正統教義ですが、ユングは、錬金術や民衆の中には、「四位一体」があったと考えました。
第四の者は、「母」であり、極端に表現すれば「悪」であり、それは、「エロス」、「肉体」、「無意識」の原理です。

例えば、民衆の中にあった聖母信仰は、「三位一体」に欠けた第四者です。

また、ユングは、古代の女性錬金術師マリア・プロフェティサの言葉、「一は二となり、二は三となり、第三のものから第四のものとして全一なるものの生じ来るなり」を取り上げ、錬金術が「四位一体」の思想を持っていたと指摘しました。
この錬金術師が女性であることも象徴的です。

ユングは、「錬金術とは表面を支配したキリスト教に対抗する底層流のようなものである。…夢と意識の関係のようなものであって、ちょうど夢が意識面にあらわれた心の葛藤を補償するのと同じように、錬金術はキリスト教的魂における「相反するものの緊張」から生まれた「魂の」溝を埋めようとするものである」(心理学と錬金術)と書いています。

つまり、ユングは、西洋の精神潮流を、表層に意識的なキリスト教があり、深層には無意識的な錬金術のような神秘主義(オカルト)思想や、民衆的宗教があったと解釈しました。

ところが、宗教改革が、儀式や象徴を否定したことで、その深層の潮流を絶たせてしまったのです。
ユングは、「われわれはなるほど、キリスト教のシンボル体系の正統な相続人であるが、しかし、この遺産を失ってしまった」(「元型論」)、「魂に対する配慮は、プロテスタンティズムではひどいことになっている」(変容の象徴)と書いています。

また、ユングは、その後のプロテスタントの地域に、一方では、インド学が、もう一方では、神智学や人智学が盛んになったことは、それに対する補償的なものであると考えました。

ですが、原人アントロポスが壺の水を魚の口に注ぐという、新しい時代の「水瓶座」のイメージを、意識と無意識がつながった人間が現れる前兆であると考えました。


<グノーシス主義>

前のページで書いたように、1916年に、ユングは、彼の指導霊であるフィレモンが、十字軍の騎士をキリスト教からグノーシス主義へと回心させて救済する「死者への七つの説教」を、バシレイデス名義で書きました。
ここで、グノーシス主義の神アブラクサスについて「両者(神と悪魔)の上に存在し、神の上の神」、「善と悪との母なるもの」と表現しています。

グノーシス主義は、この世界を作った悪神である創造主(旧約の神)と、より高い至高神を区別します。
ユングは、フロイトが分析したのはヤーヴェ以下の世界であると考えました。
それに対して、ユングの分析心理学は、霊的な世界=女性的な無意識の世界を重視するのです。

グノーシス主義には、キリストの三重身という考え方があります。
霊・魂・体の3つの次元でキリストを考えるわけです。

肉のキリストは、無定形、無知、無思考とされます。
ユングは、これは、無意識の底に眠っている霊的で内面的な「全体的人間」の完全性=「自己」を象徴していると解釈しました。

グノーシス主義のナース派は、「蛇」がソフィアの使者であり、悪い創造主のヤルダバアドが禁止した知恵の実を、人間のために食べさせたと考えます。
ナース派にとっては、「蛇」は無意識の知恵の象徴であり、キリストと「蛇」を同一視します。

また、グノーシス主義の神話に、キリストが自分の脇腹から生み出した女を交わるという、近親相姦的なモチーフがあります。
ユングは、これを、男性が、無意識の女性像のアニマを統合する過程と解釈しました。

ユングは、著「アイオーン」(1951年)で、ヘレニズム期の共有認識では、イエス・キリストは「原人アントロポス」と同様の全体的存在=「自己」の象徴だったとしています。


<錬金術と増幅法>

ユングは、リヒャルト・ヴィルヘルムから送られた道教の内丹書「太乙金華宗旨」を読んだことをきっかけにして、研究対象をグノーシス主義から西洋の錬金術に変えました。

ユングの錬金術関連のまとまった著作は、1941年の講演「医師としてのパラケルスス」、「精神現象としてのパラケルスス」、1944年の著作「心理学と錬金術」、1946年の著作「転移の心理学」、1955-6年の著作「結合の神秘」などです。

ユングは、「実験者は自己の投影を物質の特性として体験した。しかし実際に彼が体験したのは無意識だったのである」(「心理学と錬金術」)と書いています。
彼は、錬金術師が錬金術の作業過程の中に、「集合的無意識」の「元型」を投影し、また、「個性化」を体験しながらその過程を投影したと考えました。

同時に、ユングは、「(「プラトンの四書」のように)錬金作業と哲学的、心理学的な事象との間の平行関係を示す体系が見出させるのである」、「人間の精神には物質をも変化させうる一種の魔力が内在していると考えられたからでもある」(「心理学と錬金術」)とも書いています。
つまり、錬金術師の中には、術師の精神的変容が、物質の変容を促すという魔術的な関係を意識して、それについて書いた者もいたということです。
もちろん、その根底にはヘルメス主義の万物照応の世界観があり、それは意識的に理解されている形而上学です。


「投影」を論証しようとすると、物質変成の記述の中に、実際の化学的変成とも、錬金術の形而上学ともズレた記述があった時にのみ、「投影」が類推されうるハズです。
ですが、ユングはそのような論証はしません。

ユングの方法は、「増幅法」による類推です。

分析心理学では、夢を解釈する時に、それと類似する素材を集めて理解を深めますが、彼はこれを「増幅法(拡充法)」と呼びました。
ユングが錬金術に「集合的無意識」の「投影」があることを論じる時に行ったことも、これを同じです。

つまり、物質変成の記述のモチーフと類似する、他の精神的領域のモチーフを集めたのです。
これは論証的方法ではないのではないでしょうか。

実は、ユングは、錬金術師が思想を形成する方法も、「増幅法」であり、錬金術の変成作業も、その一つの素材だったと書いています。


<錬金術と個性化の過程>

ユングは「心理学と錬金術」で、
「主として投影されたのはこの世の闇に囚えられている霊というイメージだった。換言すれば、相対的に無意識の状態に置かれている心、その状態から開放されずに苦しんでいる心、これが投影されたのである」
それゆえに、
「救済者像の投影、すなわち賢者の石とキリストとのアナロジーが、同様に、また救済の「務め」ないし、「聖なる務め」と「錬金術の業」とのアナロジーが生まれるのである」
と書いています。

つまり、錬金術の過程に「投影」されたのは、無意識の解放であり、「賢者の石」は救済者という点でキリストと同じくみなされた、ということです。

一般に、「黒化」、「白化」、「赤化」を経て「哲学者の石」を作る錬金術の作業過程を、ユングは「対立物の結合」というテーマで語ります。
これは、分析心理学が言う、「影」、「アニマ/アニムス」を統合し、「自己」を見出す「個性化の過程」と対応しています。

彼は、1946年の著作「転移の心理学」で、錬金術書「賢者の薔薇園」が掲載する10枚の挿絵の解釈を行いながら、その過程を説明しています。
それを簡単にまとめましょう。

1 メルクリウスの泉
錬金作業の根底のある秘密を描いている。
5つの星は4大元素と第5元素、四位とその一体の象徴。
水槽である「錬金術の容器」は変容が起こる場所で、円形は完全性の象徴。
「錬金術の水」=「メルクリウス」は無意識の象徴で、3つの管は・天地・地下の象徴。
4→3→2→1の過程も描かれている、などなど。

1.jpg

2 王と女王
女王(ディアーナ)は男性のアニマ、王(アポロン)は女性のアニムス。
宮廷服を着ているのは、まだ、よそよそしい状態。
左手を握っているのは、良くない関係、つまり、意識と無意識が「混合(分裂しつつ同一化)」している状態。

2.jpg

3 裸の真実
裸になった両者は、部分的に結合した状態、「影」とエロスの領域が意識にもたらされ、自我意識の抑圧が取り払われた状態。

3.jpg

4 浴槽の水に浸かる
両者が水に浸かるのは、無意識が上昇した状態。

4.jpg

5 結合
両者が交わり、翼を生やすのは、対立物の結合、「影」の統合、衝動的エネルギーが象徴活動に移された状態。

5.jpg5-2.jpg

6 死
二人が死して石棺で合体して両性具有になったのは、アニマ、アニムスとの対決による従来の自我の死。

6.jpg

7 魂の上昇
幼児=霊魂の上昇は、意識水準が低下して、無意識の中に沈む状態。
6-7は「黒化」の段階。

7.jpg

8 浄化
露が垂れるのは、直観が目覚めた状態、新たな誕生の前兆。
無意識への下降が上からの照明に移行する。

8.jpg

9 魂の帰還
幼児=世界霊魂が降りるのは、浄化されて、肉体が復活、栄光化する状態。
意識と無意識の混合状態を脱して統合、アニマ/アニムスの統合へ。
「白化」の段階。

9.jpg

10 新たな誕生
全体性、対立物の結合の状態、「哲学者の息子」、「哲学の木」、「哲学者の石」は「自己」の表現。

10.jpg

ユングは、10枚で終わっているように書いていますが、実際には、この後に作業はまだまだ続くのです。
1622年に発表された「改革された哲学」の20枚シリーズの挿絵と照らし合わせると、その最初の10枚に当たることが分かります。

また、錬金術の挿絵は、化学的な物質変成過程を暗喩的に示すものです。
ユングは、錬金作業に投影された心理の分析を行ったとしています。

ですが、もし、そうであれば、まず、挿絵の意味を、それが暗喩する物質的過程に戻してから、それに心理が投影されたことを論証しなければいけません。
ですが、ユングはそれを行ってはいません。


<分析心理学と魔術>

実験化学者のルードヴィッヒ・シュタウデンマイアーが1912年に出版した「実験科学としての魔術」は、自動書記の手法などを対象にして、魔術を科学的に解明しようとした書です。
シュタウデンマイアーは、この書で、「下意識」に鍵があり、人格化が重要となると書いています。
ユングはこの書を読んでおり、ユングが「能動的創造力」を生み出すに当たって、参考にした可能性が多分にあります。

ですが、ユングは、具体的に、現実の「魔術」についてほとんど興味を持っておらず、まとまった論考も行っていません。

「赤の書」では、ユングはフィレモンに「魔術」について教えてもらっています。
ですがそれは、「理解できないもの」、「教えることができないもの」、「法則のないもの」といった、単に抽象的な議論にすぎません。
ユングは、「魔術」を無意識の非合理的な創造力、と解釈しているようです。

それにもかかわらず、ここに「魔術」というテーマをもうけたのは、ユングの分析心理学と類似した側面と、異なる側面があって、両者を比較することが、興味深いと思えるからです。

例えば、類似する部分を並べると、次にようになります。
「元型」と魔術の象徴体系、「集合的無意識」と「アストラル界」、「個性化の過程」と「イニシエーションの階梯」、「影」と「クリフォト」、「アニマ/アニムス」と「左右の柱」、「自己」と「守護霊」、「能動的創造力」と「スクライング(アストラル・プロジェクション)」、「マンダラ」と「魔法円」などです。

つまり、普遍的な象徴、人格的象徴に対する瞑想や夢見の術を通して、力や知識を受け取り、人格や能力を広げ、統合していくという点で、両者は共通しています。

一方、分析心理学と「魔術」の違いは、まず、「個性化の過程」は無理をして意識の側から促さないけれど、魔術の「イニシエーション」は、意識的に努力して行う点です。
ユングは、無理をして「元型」と対面すれば、道徳的に耐え切れないと考えました。

また、対面すべき「元型的イメージ」は、ユングにおいては、基本的には、外部から与えるものではなく、自然に、「集合的無意識」から生まれるものです。
ですが、伝統的な「魔術」においては、正しい「象徴体系」やその定形のイメージが存在し、それを勉強と瞑想によって無意識に植え付けていきます。(現代的な魔術では必ずしもそうではありませんが)

このように、一見すると、象徴的イメージと、それに対するアプローチの点で、正反対の側面があります。

ですが、ユング自身は、自分が本格的に無意識と対面する以前から、神話や秘教の勉強を行っており、彼が対面した「元型的イメージ」やヴィジョンのストーリーには、その勉強の影響があったことが明らかです。

また、ユングの患者には、ユングの理論や神話などに興味を持って勉強していた人が多く、そうでなくても、ユングは、治療の過程で、自身の理論を説明したり、神話的なイメージを例として見せることがありました。
ですから、ユングも患者も、無意識にその影響を受けていて、純粋に自然に任させていたとは言い難いのです。

それに、魔術においても、大枠は決まっていても、最終的には個々人の想像力に任される側面があります。

また、「魔術」の「イニシエーション」は、それ自身が目的ではなく、それを前提として、現実で望む変化を起すことが目的であるという側面があります。
ですが、この点でも、ユングには「シンクロニシティ(共時性)」という概念があり、通常の因果関係を越えて、心と現実が一致することがあるとします。
「シンクロニシティ」は、「集合的無意識」とつながっている時に起こりやすいとされます。

これらを考えると、両者はとてもよく似ています。
もちろん、実際に魔術として役立たせるには、分析心理学の「元型」だけでは象徴が足りませんが。