川面凡児の禊・鎮魂行法


川面凡児の霊魂観」から続くページです。

川面凡児は、「禊行」を復活させたことで知られる古神道の大家です。
その行法は、全国の神社に取り入れられて、神道界に大きな影響を与えました。

このページでは、「禊行」を含む凡児の「鎮魂行法」を紹介します。
この行法は、まったく独特なものであり、神人合一に至る神秘主義的的な行法です。

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<鎮魂行法の祭神>

凡児の実践は、「鎮魂行法」が中心ですが、それには祭祀も伴います。

主要な祭神は、「天之御中主太神」と「大祓戸大神」です。

「天之御中主太神」は、「禊」の神です。
「禊」とは、「霊」の「稜威」を受けるという意味であって、つまり、「霊(み)注ぎ」であり、「水注ぎ」です。

「天之御中主太神」には表裏の神を考えることができます。
分霊である「三霊神(むすひのかみ)」が裏であり、分魂である「三魂神(むすびのかみ)」が表です。

一方、「大祓戸大神」は、罪穢れの元である「禍津毘」を払う「祓」の神です。

凡児は、この神を表裏の16神の総称だと言います。
裏12神は、内から罪穢れを祓い出します。
表4神は、罪穢れを外に祓い去らせます。

表の4神は、「瀬織津比咩神」、「速開津比咩神」、「気吹戸主神」、「速佐須良比咩神」の大祓詞の祓の4神です。

裏の12神は、まず、「生産霊神」、「足産霊神」、「玉留産霊神」の宮中八神殿の3神です。
これは、創造過程を自覚するために祀ります。

次に、「神直霊神」、「大直霊神」、「伊豆能売神」の古事記に記された3神です。
霊魂を根本より自覚、興奮させるために祀ります。

「神直霊神」は、「生霊(いくむすひ)」であり、「大直霊神」は、「三霊神(みむすひのかみ)」の統一体であり、「伊豆能売神」は、その分霊です。
「直霊」が、「八十万魂」を完全に統一すると、「大直霊」になり、「神直霊」となります。

最後に、底・中・上の綿津見の三神、筒之男の三神です。
これらは、伊豆能売の活動の諸相です。


<鎮魂の6行法>

凡児の「鎮魂行法」は、以下のような6段階の行法からなります。
これは「鎮魂の境」に入るための前段階でもあります。
祭神に表裏があったように、行法にも表裏があります。

「鎮魂行法」は、「禍津毘」を排除し、「八十万魂」を完全に主宰統一するために行います。
まずは、「和魂」が「八十万魂」を統一し、やがて、「直霊」が「八十万魂」を統一します。
最終的には、「八十万魂」も含めて、すべてが「神直霊」となります。

1 祓
2 禊
3 振魂
4 雄建(おたけび)
5 雄詰(おころび)
6 息吹(伊吹伊吸)

1の「祓」は、「禍津毘」を振り払って除去するための行法です。

表の意味では、体を振動させて穢れを払い除います。
裏の意味では、「張る霊」と表現され、「直霊」に「息気」を吸い入れて、全身の「八十万魂」を充満させ、全身を膨張・緊張させます。

具体的な方法としては、御幣を振り、大祓戸神の霊威を受けます。
そして、「直霊」に、そして、「八十万魂」に送り、充満させます。

2の「禊」は、1同様の「禍津毘」を払う方法ですが、水を使う点で異なります。

「禊」の前に、体を暖める準備的行として、「鳥船行事」を行う場合もあります。
これは、船を漕ぐ動作を、声を出しながら行うものです。

「禊」は、表の意味では、神の「霊」を自分の「直霊」に注ぎます。
裏の意味では、「祓」によってもまだ残留している穢れ削ぎ(身削ぎ)ます。

具体的な方法としては、身を海川に投じて、「大本体神」の「霊」を受けます。

3の「振魂」は、後で述べる「裏伊吹」と同時に修されるので、「裏伊吹振魂」とも表現されます。

まず、目を閉じて鼻から神の「霊」である「神直霊」を全身の「八十万魂」にまで吸い込み、呼吸を止めます。
続いて、両掌を十字形に組み合わせて、渾身の力を入れて全身を振り動かします。

この時の動作には様々な方法があって、これは初歩的なものです。

4の「雄建(おたけび)」は、姿勢を正して常立神となる行です。

具体的には、「生霊(いくたま)、足霊(たるたま)、玉留霊(ただとどまるたま)、何某常立命」と唱えつつ、天之沼矛(右手の人差し指と中指を伸ばした形)を振り降ろし、直立不動の姿勢を構えます。

5の「雄詰(おころび)」は、「イーエッ」、「エーイッ」の大声(言霊)を発する行ですが、これは、須佐之男命の昇天に備えて天照大神が行った動作とされます。

まず、「イーエッ」とともに、天之沼矛を頭上から左腰に振り下ろして、禍津毘を威伏懲罰します。
続いて、「エーイッ」とともに、天之沼矛を元の位置に上げ戻して、禍津毘を悔悟復活させます。
これを三度行います。

この言霊の発話によって、「八十万魂」の分霊(分派霊:われみ)・分魂(分派魂:われたま)が飛び出します。

裏の方法では、まず、小さい声で「ア・イ・イ・イ」と上に向かって発音し、鼻に息を吸い込みます。
続いて、「ウ・ウ・ウーウッ」と順次発音し、発音ごとに全身に力を込めて、口から徐々に息気を吹き出します。
これを3回繰り返します。

6の「息吹(伊吹伊吸)」は、「息気」を吸収する呼吸法です。

鼻から空気を通して大本体神の「稜威」を吸い込み、全身に充満させ、数分留めてから、口からゆっくり息を吐き出します。
この時、「ウ・ウ・ウ・ウッ」と言いながら全身に力を入れて振動させます。
これを何度も繰り返します。

これは、「魂」全体の「大呼吸」と、「八十万魂」の「少呼吸」を、大から小へ、小から大へ、大だけ、小だけ、それぞれで、両方一体で、の6つの方法で行います。

また、裏の方法は、3の「振魂」のところで「裏伊吹振魂」として記載したものです。

以上の「振魂」から「伊吹」までは、毎朝夕行うべきものとされます。


<鎮魂鳥居の伝>

以上の6つの行法を続けているうちに、徐々に霊魂が浄化、統一されていきます。
この変化は、「鎮魂の境」に入ると表現され、この過程を8段階で捉えます。

そして、この8段階は、順に7つの鳥居をくぐり、本殿に至る過程として表現します。
そのため、これを「鎮魂鳥居の伝」とも呼びます。

この8段階は、長期間の修行の中で、順に達成されるものです。


・第一の鳥居

閉眼で黙想していると、様々な光が現れては消えた後、薄い光明の状態に落ち着きます。
これは「平等一体の境」、「一色一光の鏡」であり、「八十万魂」の不安定な震動が落ち着いた状態です。

この平等の境地は、「荒身魂」の段階のものでしょう。

・第二の鳥居

小豆大の緑の光球が現れて、やがてそれが眼の前で安定するようになります。
次に、そこに鏡に映るように、「奇魂」としての自分の面貌が顕れます。

・第三の鳥居

自分の面貌は、「奇魂」としての自分から、「和魂」としての自分に変わります。
そして、光球は濃い緑になります。

この時、幽界の門に到達し、天狗や仙人と交流することもできるようになります。

・第四の鳥居

濃い緑の光球が、だんだん大きくなって手毬くらいになり、霧のようにぼやけます。
そして、光球には、ランダムに様々な像が映るようになります。

この段階は、「和魂」の記憶が秩序化する過程です。

・第五の鳥居

「和魂」の記憶が秩序化されると、無意識を自在に制御できるようになります。
そして、「和魂」が明鏡のようになり、あらゆるものを写すようになります。
そのため、過去・現在・未来の何でも予知し、透視することができるようになります。

・第六の鳥居

緑の光球が一面に広がり、「奇魂」が光線のようになって、目的地に行き、その光景を持ち帰れるようになります。
そして、「和魂」がそれを客観的に判断できるようになります。

・第七の鳥居

「拝神の鏡」とも表現され、神の御姿を拝し、御声を聞くことができるようになります。

・本殿

全身の「直霊」が目覚めて、天之御中主に達して一体化します。

川面凡児の霊魂観


ほとんどの古神道家がマイナーな存在だったのに対して、川面凡児は、全国の神社神道界にも大きな影響を与えました。

彼は失われた古神道の禊行を復活させたと主張し、その行法は、全国の神社にも取り上げられました。
ですが、その行法は、神人合一に至る鎮魂法の一部でした。

また、川面凡児は、その霊魂観・神観は独自な体系性を持ったものでした。

このページでは、まず、彼の歩みと霊魂観を、次のページでは、鎮魂行法をまとめます。

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<歩み>

川面凡児(本名:恒次、1862-1929)は、豊前国宇佐郡に生まれました。
父の字は吉範で、神職の家系ではありませんでしたが、古神道の秘伝を継承する者を輩出してきたとされます

曾々祖父は、湯布ヶ嶽の380歳の仙人から秘儀を授けられたといいます。
また、祖父は、京都で「フミ」(応仁天皇までの歴史書)、「真魂」(日本文明が中国文化の根源になった次第を説く書)という「古事記」以前の書ではないかと思われるような古書を、平田篤胤と買い争って先に入手しました。

凡児は、12歳頃のより神道の研究を始め、15歳の時に、宇佐八幡の神体山の馬城峰で697歳の仙童の蓮池真澄に出会い、3年間、修行を積み、神伝を授けられました。

また、国学、漢学を学んで育ち、1885(明治18)年、23歳の時に上京しました。
東京では、縁あって小石川の浄土宗の伝通院に住み込み、仏典の研究を行いました。
そして、仏教系の雑誌に論文を発表したり、女学校で教鞭をとりました。
その後、政治ジャーナリストとして活躍しました。

ですが、1906(明治39)年、川面凡児を名乗り、「大日本世界教稜威会本部」を設立しましや。
そして、奈良朝以前の古神道の復興を目指して、在野の神道家としての活動を開始しました。
彼は、自身の神道については、「禊流」、「住吉大神春日大神の伝」と称していました。

当時、内務省が管轄する国家神道は、霊性なき神道であり、これに反対する勢力がいました。
川面凡児は、こういった勢力の支持を集め、神道界の改革派の理論及び実践上の指導者となりました。

凡児は、大正3年に、「古典考究会」を設立し、禊行を教授しましたが、この会には、軍部や学者の著名人も多数参加しました。
また、大正12年には、全国神職会で講演を行いました。

昭和天皇即位の際には、祭事の意見役となり、途絶えていた古神道の秘儀を指導し、皇室の祭祀を司る白川伯王家からも高い評価を受けました。

昭和16年には、大政翼賛会によって凡児の禊行が国民的に普及され、神社本庁の行法として認知されるようになりました。
今日の神社神道で行われている禊行は、凡児に由来します。

有名人では、大隈重信も凡児に傾倒し、相談役として頼っていたそうです。

凡児は、南極探検隊に、あらかじめ霊視した地図を渡して、その地図によって隊は九死に一生を得たとも伝えられています。
千里眼、テレポート、霊体離脱、遠隔人心操作など、凡児の神通力に関する逸話は、数え切れないほど伝えられています。

凡児の主な著作には、「祖神垂示の霊魂観」、「祖神垂示の天照太神宮」、「日本民族宇宙観」、「大日本最古の神道」などがあります。


<霊魂観>

凡児は、霊肉一体の原子論とでも言うべき、独特な霊魂観、神霊観を持っています。
微細な霊魂が多数、集まって、万有が造られるのです。
そして、天にも地にも、万有には、霊と魂を持たないものは存在しません。

凡児の宇宙観は、基本的にいわゆる流出的階層論です。
原初存在の「天之御中主神」がすべての「霊・魂・体」、すべての神々、万有を顕し、それらは「天之御中主神」帰します。

「一霊、万霊を顕し、万霊、一霊に帰す…一境、万境を顕し、万境、一境に帰す」(祖神垂示の霊魂観)

そして、一即多のいわゆる華厳的世界観という特徴を持っています。
特定の神の属性を、すべての神々、人間、万有が合わせ持ちます。

「八百万神悉く産霊神である、人類万有悉く産霊神である…一境相互に万境を顕し、万境相互に一境に帰しつつある」(祖神垂示の霊魂観)

以下、「祖神垂示の霊魂観」を中心にして凡児の霊魂観を紹介します。


原初の存在である「天之御中主」より直接生まれた最初の霊は、「直霊(なおひ)」と呼ばれます。
これは、霊的原子のような一点の霊であり、「霊(み)」とも表現されます。
この「直霊」が集まることで、様々な「霊」、「魂」、「体」の階層的存在が生まれます。

まず、概要を説明します。

最初に、「直霊」が、百千万の「直霊」を吸収統一して「魂」となります。
その中央にある「直霊」だけが主宰統一者です。
この「魂」は、「和魂(和身霊、にぎみたま)」と呼ばれます。

人間の男子は、「和魂」を父から、「直霊」を母から受け継ぎ、女子は逆になります。

次に、「和魂」が多数の「和魂」を吸収して、結晶して肉体となりますが、この身体を「荒身魂(あらみたま)」と言います。
「荒身魂」は、「魂」ではなく「肉体」なのです。

つまり、以下のような基本階層があるのです。

1 直霊
2 和魂
3 荒身魂

もう少し細かく説明します。

「霊」が集まって「魂」ができるのですが、その構成要素となる個々の「霊」を「生霊(いくむすひ)」と呼びます。
そして、多数集まった「生霊」を「足霊(たるむすひ)」と呼びます。
また、多数の「足霊」を主宰統一する「霊」を「玉留霊(たまつめむすひ)」と呼びます。
この3者を合わせて「三霊(みむすひ)」と呼びます。

同様に、「荒身魂(肉体)」の構成要素となる個々の「魂」を「生魂(いくむたま)」と呼びます。
そして、多数集まった「生魂」を「足魂(たるたま)」と呼びます。
また、多数の「足魂」を主宰統一する「魂」を「玉留魂(たまつめたま)」と呼びます。
この3者を合わせて「三魂(みたま)」と呼びます。

また、「玉留魂」以外の全身の個々の魂を「八十万魂(やそたま)」と表現します。

1 直霊 :天之御中主神から生まれた最初の霊
2 和魂 :三霊(生霊・足霊・玉留霊)の統一体
3 荒身魂:三魂(生魂・足魂・玉留魂)の統一体


さらに細かく見ると、「魂」は三階層で構成されます。
「魂(むすひ)」→「魂(むすび)」→「魂(たま)」です。

・生霊(いくむすひ):天之御中主神から生まれた最初の霊=神直霊
・生魂(いくむすひ):三霊(みむすひ)の統一体:根本直霊・大直霊
・生魂(いくむすび):三魂(みむすひ)の統一体:直霊
・生魂(いくたま) :三魂(みむすび)の統一体:和魂
・肉体       :三魂(みたま)の統一体 :荒身魂

「霊(むすび)」という表現が使われることもありますが、これらの違いについて、凡児は、神の即する時は「ひ(むすひ)」、人間に即する時は「び(むすび)」とか、単数の時は「ひ(むすひ)」、多数の時は「び(むすび)」とか、「魂(むすび)」は神に属し、「魂(たま)」は人類万有に属すなどと書いています。


また、「和魂」には、3つの「分魂(分派魂:われたま)」が存在します。
意志的魂である「真魂」、知的魂である「奇魂」、感情的魂である「幸魂」です。

ですから、本田親徳の「一霊四魂説」と比較すれば、凡児は「一霊三魂説」と言えるかもしれません。

・和魂:意識
>真魂:意志
>奇魂:智恵
>幸魂:感情


<造化三神と三霊神・三魂神>

凡児は、根源神である「天之御中主神」を「根本霊」、「宇宙大根本大本体神」などと表現します。

「天之御中主神」は、2つの次元の「分霊(分派霊:われみ)」と、「分魂(分派魂:われみ)」を生み出します。
凡児は、これらは、「高皇産霊神」と「神皇産霊神」以前に存在する神だと言います。

まず、「生霊神(いくむすひのかみ)」、「足霊神(たるむすひのかみ)」、「玉留霊神(たまつめむすひのかみ)」の「三霊神(みむすひのかみ)」が生まれます。

次に、「生魂神(いくむすびのかみ)」、「足魂神(たるむすびのかみ)」、「玉留魂神(たまつめむすびのかみ)」の「三魂神(みむすびのかみ)」が生まれます。

そして、「三霊神」と「三魂神」が合体した神が生まれます。
人間に直霊・和魂・荒身魂があるように、神も複数の次元に存在しえます。

この後、「三霊神(みむすひのかみ)」の統一体である「高皇産霊神(たかみむすひのかみ)」と「神皇産霊神(かみむすひのかみ)」の「二産霊神(ふたむすひのかみ)」が生まれます。
これは本体の本体の神と表現されます。

次に、「三霊神(みむすびのかみ)」の統一体である「高皇産霊神(たかみむすびのかみ)」と「神皇産霊神(かみむすびのかみ、これは上記合体神のことでしょうか?)」の「二産霊神(ふたむすびのかみ)」が生まれます。
これは本体の神と表現されます。

最期に、「三魂神(みむすびのかみ)」の統一体である「高産高神(たかみむすびのかみ)」と「神産魂神(かみむすびのかみ)」の「二産魂神(ふたむすびのかみ)」が生まれます。
これは現象神と表現されます。

・二産霊神(ふたむすひのかみ):三霊神の統一体:本体の本体神
・二産霊神(ふたむすびのかみ):三霊神の統一体:本体神
・二産魂神(ふたむすびのかみ):三魂神の統一体:現象神

「二産霊神」は、下記の性質を持ちます。

・高皇産霊:男性、顕界、外的活動、結晶体  、自我実体
・神皇産霊:女性、幽界、内的活動、清澄透明体、自性自我実体


<禍津毘>

凡児は、悪の原因を「禍津毘」として捉えて、それが外来して侵入した場合に、「汚れ・穢れ」が発生すると考えます。 

「魂」が穢れた場合に、それを「術魂(ばけたま)」あるいは、「禍魂(まがたま)」、「述魂(じゅつみたま)」、「魔魂(まがたま)」と呼びます。

鎮魂行は、「禍津毘」を身体から排除し、近づけないようにし、侵入できない統一体を作るために行います。

「禍津毘」が侵入した場合には、「直霊」の「八十万魂」に対する主宰統一が不十分な状態になって、分裂するのです。


凡児は、「息気(いき)」を重視します。
これは、「天之御中主神」から万有までが、放出しています。
「天之御中主神」の「息気」は、「稜威(みいづ)」とか「威厳(いか)」と表現します。

神や万有が放出する「息気」は空間に充満しています。
その多くは有益ですが、一方で、「禍津毘」の実体も、万有が呼吸する悪い「息気」です。


<死後>

「直霊」が肉体を、この世を去るのが死です。

死後の「直霊」は、他境に転生し大神に向上していきます。
ただ、無信仰、無修行だった者の「直霊」は堕落していきます。

また、「和魂」は霊代や位牌に止まって子孫を監督します。
そして、「荒身魂」は墓所に留まって邦土を守ります。

「和魂」の分霊である「真・幸・奇魂」は、各事業を守護・監督し、「直霊」、「和魂」、「荒身魂」の間をつなぎます。


<言霊論>

凡児は、日本語が世界の言語の原型であると言います。

また、天照大神から伝わる神代文字が存在するとし、これを「大和文字」あるいは、「出雲文字」と呼びます。
彼は、それが祖父が入手した「真魂」、「フミ」に記されていると主張しています。

日本語は、一音一義の「言霊」を持っていて、凡児は、これが天照大神の伝であるといいます。
人間は根本霊魂からの分霊ですが、言語はその人間からの分霊であり、一語一語に「霊魂」が宿ります。

凡児は、「言霊」も微分子・微原子であると考えます。
そして、「言霊」が集合して構成されたものが「思想」となります。

凡児によれば、根本祖音は「あ」であり、これは天照大神の「あ」です。

「い」は、外に向かって猛き活動を有する、開き進みて栄え昇る音です。
「う」は、内に向かって閉じ、満ち溢れる音です。
「え」は、「い」と「あ」を合した音で、猛烈強剛な音です。
「お」は、「あ」と「う」を合した音で、内容が充満した美妙荘厳な音です。


*「川面凡児の禊・鎮魂行法」に続きます。



大石凝真素美の言霊学と天津金木学


大石凝真素美は、古神道霊学者で、「言霊学」の大成者として知られています。
中村孝道の「言霊学」を受け継ぎながら、それを古事記の宇宙生成論と一体のものとして発展させました。

孝道の説は、言霊を一種の原子論や立体図形とも結びつけるユニークなものであり、また、それを秘伝とされてきた「天津金木学」と結び付けて公開しました。

孝道の諸説は、大本教の出口王仁三郎にも影響を与えました。

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<歩み>

大石凝真素美(本名:望月大輔、1832-1913)は、近江国甲賀郡に生まれました。
祖父は言霊学の先駆者である中村孝道の高弟の望月幸智でした。

初め、伯父について医学を学ぶも、その後、国学に転向しました。
22歳の時に、黒船来航とそれに対する幕府の頼りない対応を見て、日本に対する危機感をいだき、日本は神国なので大神人が必要であると感じて、その人を探そうとしました。

真素美は、祖父から孝道の「言霊学」や「天津金木学」(詳細後述)を学んだものの、その奥義については、教わる前に祖父が亡くなったと伝えられています。

1868(慶応4)年に、美濃の修験者、山本秀道の噂を聞いて訪ね、その知識と霊威に感じ入って師事しました。
この山本家は、仏教化する以前の古い修験道を伝えていたようです。

また、山本家には、代々、「天津金木」が御神体として伝えられていて、真素美はそれを見て、孝道の秘伝として祖父が語っていたものであると直観しました。

二人は、秀道が審神者、真素美が神主となって、鎮魂帰神法を用いて、「天津金木」など様々な研究を行いました。
この時、様々な天つ神、国つ神や、武内宿祢が降臨したとされます。
また、真素美は、自分が稗田阿礼の再生であり、石凝姥神の系統であると確信しました。

1873(明治6)年、大石凝真素美を名乗るようになりました。

1878(明治11)年には、古事記の奥義の探求のため、秀道が武内宿禰の霊を真素美に付けて神意を得ました。

また、同じ頃(明治11-12年)、琵琶湖の湖面に、孝道が原文字(神代文字)とした「水茎文字(瑞組木文字)」が波紋として現れ、消えることを発見しました。
後の1899(明治32)年には、出口王仁三郎にこれを見せたとされます。

1890(明治23)年、「弥勒出現成就経」と「仏説観弥勒下生経」を脱稿しました。
この両書は、基本的に、弥勒下生の地は日本になると主張した書です。
ですが、「天津神算木」や七十五声(七十五音)の言霊についても言及しています。

この真素美の弥勒日本下生説は、大本教の出口王仁三郎に影響を与えたと思われます。
「仏説観弥勒下生経」は、後に大本教の機関誌の「神霊界」にも掲載されました。

真素美は、伊勢神宮には遷宮の際に「天津金木」によって形成された形象を再安置する「御見比の秘密神事」が継承されていたが、明治20年の遷宮の際に途絶えたと主張し、正殿の炎上を予言しました。
この予言は1898(明治31)年に的中して、放火を疑われて逮捕されました。

1900(明治33)年に脱稿した「天地茁廴貫きの極典」では、古事記の神代解釈としての宇宙生成論を、「す」を根源とする「言霊論」、「真須鏡」とその五柱、「天津神算木」、「六角切り子の玉」といった真素美の基礎概念を用いて展開しました。

この書は、1923(大正12)年に活字出版されましたが、それ以前に大本教では書き写されて読まれていて、出口王仁三郎が1918(大正7)年に機関誌「神霊界」で紹介しました。

1903(明治36)年、「大日本言霊」を脱稿しました。
この書では、七十五声のそれぞれの「六角切り子の玉」の14面に対応する十四義を説いています。

また、同年に、「天津神算木之極典」を脱稿(活字出版は1924(大正13)年)し、多数の図と共に、「天津神算木」の複雑多様な運用の秘法を公開しました。

1912(明治45)年には、「真訓古事記」を書きあげましたが、推敲を希望しながらも、それを果たすことなく、翌年に亡くなりました。
晩年には、「法華経」と「古事記」の密合も研究していました。

真素美の主な弟子には、水谷清、水野満年らがいて、彼の研究を継承しました。

また、真素美は、先にも触れたように、言霊学や弥勒日本下生説などで、大本教の出口王仁三郎にも直接、大きな影響を与えました。


<宇宙生成論>

真素美の宇宙生成論・神統譜は、言霊である七十五声の誕生と展開として語られます。
それは、七十五声が正列した「真須鏡」や、ひな形的な形態の「十八稜圑=六角切り子」、構成単位の「天津神算木(あまつかねぎ)」などを反映します。

以下、主に最後の著である「真訓古事記」に基づいて、真素美の宇宙生成論を紹介します。
ただ、これは「古事記」の神代部分を細かく言霊的に解釈した複雑なものですので、そのごく一部を取り上げます。

宇宙開闢以前の原初には、「す」という物(音)がありました。
「す」は呼吸の音であり、「皇(すめらぎ)」の「す」です。

「す」を宇宙の根源とするのは、「す」を「真洲鏡」の中央に置いた中村孝道の説を、宇宙生成論として拡大解釈したものです。
また、真素美は、「す」を「⦿」と表現しますが、これは山口志道のそれと似ています。

「す」は「此世の極元」と表現され、「十八稜圑(こんぺいとう)」の形でした。
「十八稜圑」は、別の箇所で「六角切り子の玉」と書いている十四面体と同じものを指しているものと思われますが、「こんぺいとう」と読み仮名をふっているので、これは凹凸がある立体です。
これは、真素美にとってのプラトン立体のような存在です。

また、この「極元」は、微細な「神霊元子(こえのこ)」が、「もろみ」の状で「もろもろ(多量)」に存在する状態でした。
「神霊元子」は、霊的原子であり、音原子であるような存在です。
この極微点が連珠糸となって組織化されることで、天地人が造られます。

次に、「十八稜圑」の瘤の麓のところに「対照力」が起こり、これが球の形になって「至大天球(たかまがはら)」となりました。

「対照力」は、「た・か・ま・が・は・ら」の6声で「至大天球」となりました。
「た・か」の2声が力、「ま」で張り詰めて球となり、「が」で生き生きとし、「は」で広々とし、「ら」で動き出しました。

次に、この天球の中心部に大気が結晶して「地球」となりました。

ここに成った神は、天之御中主神と名乗りました。
地球がその体であり、至大天球が心です。

次に、地球の中心から天球の底に向かって右旋して登った神が高御産巣日神です。
反対に、天球の底から左遷して地球の中心に下ったのが神産巣日神です。

これら造化三神は、「独神(す)」としてなり、「隠身(すみきり)」になりました。
これらは「成る」神であり「鳴る」神です。
つまり、生成=音声なのです。
また、「隠身(すみきり)」というのは、働き続けるという意味でしょう。

次の、宇摩志阿斯訶備比古遅神は、3つの線幕(球面上の円幕)であり、これによって、「至大天球」の球面が8区分に分かれて「八島国(大八島)」が生まれました。

ちなみに、「天地茁廴貫きの極典」では、中心にある地球にも「小八島国」ができたとしていました。

この8区分(曲面)は、前後から見ると中央に1区、周辺に6区で、前面と後面の6区を別面とすると14面の「六角切り子」になります。

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*大八島(茁廴貫きの極典より)と六角切り子(大日本言霊より)

「六角切り子の玉」は、本当は球であるけれど、方面で理解するために便宜的に14面体として捉えたものとされます。
それは、第一に、天球の御樋代(入れ物、ひな形)であり、それゆえに、天地人と照応(密合)するものです。

また、天球たる「六角切り子の玉」を基本単位まで細分したものが、「天津神算木(天造之神算木、あめのかねぎ)」です。
これは、天地人の組織原理として、それによって一切の真実を知ることができるものであり、地球の御樋代(入れ物、ひな形)でもあります。(詳細は後述)


次に、天球・地球間の東西南北に四神が顕れました。
北に天之常立神、南に天之底立神、東に国之常立神、西に国之底立神です。
天之底立神、国之底立神は、古事記が書き洩らした神だと書いています。

ちなみに、「天地茁廴貫きの極典」では、天球と地球の間に、「真須鏡」の「天・火・結・水・地」の五柱が縦に五重に生まれたとしています。
そして、上記四神は、それぞれが天か地の10柱に当たると、などとされます。

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*天球・地球の間に天津神算木を配列した図(天津神算木之極典より)

「至大天球」を含めて、天地人は、日本語の七十五声が正列した鏡である「真須鏡」を反映して、それぞれに照応します。
七十五声は、「名(地の真)」、「言(天の真)」、「結(天地結合の真)」となりました。

神世七代の神々は、国之常立神(=「お」)以下の大斗乃弁神までで、「あおうゑい」の五声が生まれ、次の淤母陀琉神は、五声が揃ったことを表現します。


次の伊邪那岐、伊邪那美の両神が地をかき混ぜてオノゴロ島を作った時に使った「天沼矛」は、「天地火水」の「神霊液」が凝縮したものです。
また、人間が声を発する口も「天沼矛」と言います。

そして、オノゴロ島にある「天之御柱」は、「真須鏡」の「水柱」に当たります。
その後、両神は「真須鏡」に沿って「八島」を造りました。

以下も、様々な神々と言霊を結びつけて解釈します。
例えば、国之水分神は、サ行活用する、押さ・押そ・押す・押せ・押し、越さ、越そ、越す、越せ、越し…などの言葉である、といった具合です。


人間の誕生は、天照大御神の「魂(みたま)」と須佐之男命の「魄(つるぎ)」を受けて、初めて人体を持った三姫と五彦が、近江の琵琶湖・蒲生郡に生まれたのが始まりです。


「天地茁廴貫きの極典」によれば、最初の人間達は、土の中で何年も過ごして、体が成熟すると土から出てきました。
また、出てきた後は爬虫類のような姿で何年も過ごし、その後で脱皮して人間の姿になりました。

人間は、眼・耳・鼻・舌・身・意識の「六識」を持ち、これは「と」に当たります。
さらに、欲である「七識」=「たし」、良心である「八識」=「し」、広げられた良心である「九識」=「さ」、仏智である「十識」=「さ(合わせて、ささ)」を持ちます。

出雲には、「天津神算木」の基本配列である「十六結」を反映して「十六島(うつふるひ)」が作られました。
これは、日本の国々、世界の国々の雛形でもあります。

次に、大国主神が顕れましたが、この神は、すべての人間を生み、その身体を保ち助ける神であり、また、日本語を主宰します。
一方、少名彦名神は、火・水を、そして、外国語を主宰します。
また、事代主神は、七十五声を保つ神です。
そして、久延毘古は、奥深くに隠れた知識を知らせる神です。

ちなみに、弥勒が日本に下生した時、世界の言語は統一されます。


<言霊学>

真素美は、三大皇学として、音に関する「天津祝詞学」、相に関する「天津金木学」、生に関する「天津菅曾学」をあげています。
「天津祝詞学」が「言霊学」であり、「天津金木学」は「太占(占い)」、「天津菅曾学」は神霊学です。

真素美は、中村孝道の「真洲鏡」の説を基にして、「言霊学」を発展させました。

真素美の独創と思われるのは、まず、上記したように、音声を微細な「神霊元子(こえのこ)」という元粒子の運動として考えていることです。

そして、七十五声の意味を、「六角切り子の玉」という立体をもとに表現したことです。
真素美によれば、七十五声のそれぞれが、「六角切り子の玉」の14面のそれぞれに対応する意味を持ちます。

ですが、14面のうちの6面には12支が1つ、上下面に当たる2面には12支が3つ割り当てられていて、残り6面には12支が割り当てられていません。
12支が3つ割り当てられている2面を合計6面分として数えると、合計18面分となります。
この18が「十八稜團」の18ではないかと思います。

そのため、一つの音声に対して18義と考えることができます。
ただ、それぞれの義に対しては、複数の言葉で説明されることもあります。

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*「あ」声の意味と12支の割り当て(大日本言霊より)


真素美は、孝道の「真洲鏡」を、「真須鏡」と表記します。
これは七十五声で構成され、上下左右の隅と中間の9声を九柱として重視します。

真素美は、この75という数に関して、神事を一年に75度行うことがある、人の噂も75日などと言われる例をあげて、それが日本における聖数であることが伝わっているとします。
また、9に関しては、出雲、伊勢の神殿や紫辰殿が九柱で建てられていることにも現れているとします。

「真須鏡」は「真洲鏡」と比べて、七十五声の配置は同じですが、縦横軸の説明を、以下のように少し変更を加えています。

まず、横軸です。

  (列の意味) (韻の場所)
・あ:地柱:幽内 :喉の韻
・お:水柱:幽内 :唇の韻
・う:結柱:中道 :口の韻
・え:火柱:顕外 :舌の韻
・い:天柱:顕外 :歯の韻

次に、縦軸です。
 
(宇宙の場所)(音の場所)
・か・が・だ :天之座  :歯之音
・た・ら・な :火之座  :舌之音
・は・さ・だ :結之座  :口之音
・ぱ・ば・ま :水之座  :唇之音
・や・わ・あ :地之座  :喉之音

宇宙の場所は、「天之座」は天球である高天原、「火之座」は太陽のある空域、「結之座」は天地の中間、「水之座」は川など、「地之座」は大地でしょう。

これは、天地の5領域を貫いて、言霊の5柱が立っていると考えることもできます。

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*真須鏡(大日本言霊より)


<天津神算木学>

「天津金木(あめのかねぎ)」は、「大祓祝詞」に出てくる謎の言葉です。

真素美は、これを「天津神算木」、あるいは「天造之神算木」と表記します。
そして、伊邪那岐、伊邪那美の両神が、国生みの際に行った占いの「太占(ふとまに)」が、「天津神算木」を使ったものだと考えました。

「天津神算木」は、宇宙論的には、伊邪那岐、伊邪那美が、天浮橋から大地をかき混ぜた時に使った「天沼矛」の表現でもあるのでしょう。
真素美は、これを、天・火・水・地による地球の誕生としています。

一柱の「天津神算木」は、檜で作られた四角の棒状(四分角二寸の四角柱)です。
四面の各面のそれぞれに「一二三四」の目がサイコロのように「●」の個数で記され、各面が「青赤緑黄」に着色されています。
また、上下面は白と黒に着色されています。

四面は、下記のように、「天・火・水・地」などを象徴します。

(目)(意味)(色)(国における意味)
・一 :天 :青 :君
・二 :火 :赤 :大臣
・三 :水 :緑 :小臣
・四 :地 :黄 :民

本来、「天津神算木」は私利に関わる事項を占うものではありません。
そのため、この四面は国家的な要素としては、君・大臣・小臣・民を意味します。

「天津神算木」の基本配列には、「八咫鏡」、「十六結」、「十六聴章」などがあります。
「八咫鏡」は、天球の中心に地球が結晶したことの象徴とされます。

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*八咫鏡、十六結、十六聴章(天地茁廴貫きの極典より)

「天津神算木」は、占い、真実の究明、予言などのために使いますが、その使用法には様々な方法があります。

真素美は、「天津神算木之極典」でその方法を公開しましたが、非常に難解なので、簡単な方法についての一般的な解説をします。

基本的に、「天津神算木」の各面の組み合わせ(相)に、答えを読み取り、吉凶判断を行います。
本数は二柱から三十二柱まであり、それらを基本配列に並べたり、自然に思いつくままに並べたりします。
基本配列には、螺旋状、段階状、雲状、円輪状、蛇状などがあります

解釈の基本となるのは、「天津神算木」の二柱の相(4×4の16相)の象意です。
具体的には、以下の通りです。

(相) (意味)
・一一(天天):動
・一二(天火):治
  :
・四四(地地):止

また、四柱で判断する場合は、4×4×4×4の各相の象意ではなく、「一二三四(天火水地)」と並ぶ「本位(大八州相)」を最も良しとして、それから近いか遠いかで判断します。