大本の隠退・贖罪神話


大本の宇宙生成論」から続くページです。

大本の神話、教義の特徴は、隠退させられていた神が復帰して理想の国を作る、という救済神話です。
これは半ば終末論的です。
これを担うのは、「艮の金神」こと「(大)国常立尊」です。

また、これと重なるような、贖罪を負って隠退していた神が救世主として理想の国作りを助けるという神話です。
これを担うのは、「素戔嗚尊(須佐之男尊)」です。

このページでは、これらの神話の要点を中心に簡単に紹介し、分析します。

ですがその前に、歴史編などですでに書きましたが、神話と対応する大本の2つの霊統に関して、復習的にまとめます。


<厳と瑞の霊統>

大本の基本的な霊統は、二人の教祖、出口ナオと王仁三郎のそれぞれが持つ対照的な二つの御霊である「厳の御霊」と「瑞の御霊」の対立で構成されています。

ですが、王仁三郎は、自身を開祖のナオよりも上位と位置づけ、さらに両霊統を統合する御霊を持つ、あるいは、その顕現としました。

ナオ  :厳:変性男子:火:霊:艮の金神:国常立尊:天照大御神:稚姫君命
王仁三郎:瑞:変性女子:水:体:坤の金神:豊雲野神:須佐之男尊
統合  :伊都能姫、弥勒の大神、大国常立神、素戔嗚尊

この二元論は、日本書紀が取り入れた陰陽説、山口志道の「火/水」の二元論、本田霊学の「霊・体・力」説などを結びつけたものです。

ナオは最初、王仁三郎(須佐之男尊)を悪役として必要な存在とみなしていました。
ですが、やがてそれを見直して、「天の祖神」、「弥勒の大神」の現れと見做すようになりました。

王仁三郎は、自身を、2つの霊統の分裂以前、あるいは、統合した「大国常立尊」、「伊都能売」と見做しました。

また、ナオの「大本神諭」では、この2つの御霊に加えて、他にも2つの御霊が語られます。
一つは、ナオの長女の澄が体現する、「大地の金神」である「金勝要神(きんかつかねのかみ)」。
もう一つは、澄と王仁三郎の子である清吉が体現する、救世主である「日之出の神」です。

「霊界物語」では、「大地の金神」は、「櫛名田姫」でもあるとされます。
そして、「日の出神」は、伊邪那岐尊の息子で、ヨモツヒラサカの戦いでは全軍の総司令官として活躍します。

また、王仁三郎は、ナオの御霊を、「国常立尊」や「天照大御神」より下位の存在で、救世主を待つ「稚姫君命」とし、ナオと王仁三郎の関係の主従を逆転させました。

そして、王仁三郎は、自身が持つ「瑞の御霊」である「素戔嗚尊」を、贖い主である救世主とし、それが、「大国常立尊(天之御中主神)」でもあり、「天照大御神」より上位の存在としました。
ですが、地上に降りた「須佐之男尊」は、終末の大救世主たる「伊都能姫」を見出す存在です。


<国祖隠退>

「霊界物語」の4巻で、「国常立命(国祖、国治立命)」の隠退の神話が語られます。

その前段までの物語では、「国祖」が地上霊界の主宰神になり、「稚姫君命(稚桜姫命)」を宰相として神政を司らせました。
そして、地上現界は、「須佐之男命(国大立命)」に主宰させていました。

ですが、三種の邪霊が神々や人に憑依して乗っ取り、地上を混乱させていました。

・八頭八尾の大蛇  :分裂させる
・金毛九尾白面の悪狐:愛欲で操る
・六面八臂の邪鬼  :支配する

そして、彼らの影響で悪神化して、「国祖」、「稚姫君命」ら正神の神政の邪魔をしていたのが、「盤古大神」と「大自在天神大国彦」の勢力です。
それぞれの陣営は、次のような特徴を持ちます。

・正神系  :霊主体従(霊五体五)
・盤古大神 :体主霊従(霊に偏向)
・大自在天神:力主霊従(体に偏向)

まず、「稚姫君尊」が、悪鬼の誘惑で夫婦仲を壊して律法を破ったため、三千年の間、幽界に落ちて罪をつぐなうことになりました。
「稚姫君尊」の生まれ変わりが出口ナオとされます。

「国祖」は、まだ混沌としていた世界を統治するには厳格すぎました。
悪霊の入れ物となった二神の勢力は、「国祖」の神政を糾弾するため、「国祖」を神々による「常世会議」にかけた後、八つ裂きの刑にしました。
そして、「国祖」の隠退を「天の大神(伊邪那美神、伊邪那岐神、天照大御神)」に訴えました。

「天の大神」は、涙を飲んで、時が来たら復権させ、私も地に降りて手伝うと約束して、「国祖」を隠退させました。
王仁三郎が大本に加わってナオを助けたのは、この約束を果たすためだとされます。

「国祖」は、幽界に追放されましたが、霊魂は「地上の高天原」である「聖地エルサレム」から艮の方向にある「秀妻国(日本)」に、妻の「豊雲野神(豊国姫命)」は、坤の方向の島国に留まりました。
そして、邪神達は、「国祖」を祟り神、鬼であると宣伝しました。

これが、この二神が、「艮の金神」、「坤の金神」と呼ばれるようになった理由です。
そして、日本の神事(節分の豆まきなどを含めてすべて)は、「国祖」を調伏するものとなりました。

その後、「盤古大神」の一派が地上の神政を担うも、「大自在天神」一派との間で争いが起き、混乱が続きました。

また、「国祖」が隠退して、大地から「国祖」の精霊が抜け出したため、天変地異が起こり、大洪水と地軸が傾くに到りました。

「国祖」と妻神は、その状態を悲しんで、贖い主として、天教山(富士山)の噴火口に身を投じました。


<須佐之男尊の贖罪>

「霊界物語」の、「国祖(国常立尊)」が地上霊界の神政から隠退し、贖い主になった神話は、次に語られる「素戔嗚尊(須佐之男尊)」が地上現界の神政から隠退し、贖い主にあった神話と、ほとんど同型です。

「霊界物語」だけで語れる須佐之男尊の物語には、古事記に類する部分と、独自の部分があります。
独自の物語では、須佐之男尊は、「三五(あなない)教」(詳細は下記)の指導者となり、宣伝使を世界に派遣しつつ、自身も旅をして、八岐大蛇に象徴される悪を「言向け和する」(言霊の言葉で改心させる)ことで、「国祖」による「五六七(みろく)神政」の成就のために尽くします。

「霊界物語」の中には、ところどころで古事記の神話の解釈が挿入されています。
これは、「言霊解」などと題されていて、王仁三郎が行った講演の記録です。
ここでは、須佐之男尊の物語が、以下のように解釈されています。

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*須佐之男尊に扮した王仁三郎


伊邪那岐大神は、須佐之男尊に、海原(地上現界のこと)を主宰するように命じました。

地上現界にいる神々は、地上で罪穢れを落としてからでないと高天原に昇れないことになっていました。
ですが、神々はそれを理解せず、高天原の天照大神に憧れているばかりで、須佐之男尊の言葉に耳を傾け、自らを省みることがありませんでした。

須佐之男尊は、その有様に、心を痛めて泣きました。
そして、自責の念を感じて、母のいる根の堅州国(月界のこと)に隠退しようと思いました。

伊邪那岐大神も、この須佐之男尊を隠退させることで、神々も改心してくれるだろうと思い、須佐之男尊を地上現界から追放しました。


須佐之男命は、天照大御神に別れを告げるために高天原に登りました。
ところが、天照大御神は猜疑心から須佐之男尊を武力で迎え撃つ準備をしました。

二神の誓約(うけい)の結果、天照大御神の玉からは五男神が、須佐之男命の剣からは三女神が生まれました。
これによって、天照大御神は「変性男子(身体は女性で霊魂は男性)」、須佐之男命は「変性女子(身体は男性で霊魂は女性)」であることが判明しました。

また、天照大御神の御霊は、五男神を生んだこともあって、「厳(五、いつ)の御霊」、須佐之男命の御霊は、三女神を生んだこともあって「瑞(三、みつ)の御霊」と呼ばれます。

そして、五男神と三女神の名前の言霊解釈から、「厳の御霊」は攻撃的で、「瑞の御霊」は慈悲深いことが示されます。

以上は古事記を元にした解釈ですが、「霊界物語」独自の物語では、天照大御神の猜疑心の裏には、彼女が須佐之男尊の領土を侵略しようとしていことがあったと明かされます。

王仁三郎は、この時の二神の関係を、彼が大本に参加した時の、ナオと彼の関係に重ねています。


その後、須佐之男尊の部下が勝手に、天照大御神の田を破壊すなどの乱暴を働きましたが、須佐之男尊はその罪をかぶりました。

記紀神話ではその後、須佐之男命が斎服殿に馬の皮を逆剥ぎにして投げ込んだ時に、天の服織女が梭で女陰を衝いて死んだとされます。
これについては、王仁三郎は明確な解釈を行っていませんが、神衣を織ることは、天照大御神の経綸の行いのことであるとしています。

ところで、ナオのお筆先では、ナオの神が「国常立尊」でもあり、「稚日女尊」でもあると出ています。
「稚日女尊」は、日本書紀の一書でのみと名前が書かれている、この時に亡くなった服織女です。

このことは、ナオと王仁三郎との対立の深さを示しているように思えますが、王仁三郎は、「稚日女尊」と須佐之男尊の間に性的関係があったのだと解釈しました。

こうして、須佐之男尊は、罪をかぶって天上霊界から追放されました。
この須佐之男尊の行為は、キリストの贖罪と同様の行いだとされます。


そして、須佐之男尊が地上(出雲)に下ります。
これは、王仁三郎が大本に入ったことと同じとされます。

そこで出会った老夫と老女はナオであり、その童女は世の人々、「櫛名田姫」は「大地の金神」である澄です。

「八岐大蛇」は邪霊にまどわされている人々で、「十拳剣」でこれを切るのは、破邪顕正の心で人民を改心させることです。
そして、尾から「草薙の剣」を見出すことは、下層の人民の中に潜む大救世主である「伊都能売」の御霊を持つ人を見つけることです。

須佐之男命による八岐大蛇退治は、「霊界物語」では世界を舞台にした「言向け和す」旅になります。

そして、丹波の綾の聖地では、「錦の宮」という三五教の神殿を建てて、須佐之男尊が指導を行い、言依別命が教主として、五六七神政成就のための宣教を行いました。
もちろん、これは大本の開教と重なります。


72巻までの「霊界物語」では、その最後までが描かれませんでしたが、伊邪那美神から受けた須佐之男尊の使命は、「八岐大蛇」が憑依した「大黒主」を言向け和して、「天叢雲の剣(救世主としての伊都売神)」を得て、天照大御神に奉ることでした。


<三五教>

「国祖」が創始し、須佐之男尊が指導したのは、「三五(あなない)教」です。

「三五教」の「宣伝使」が、改心したり悪に落ちたりを繰り返しながら「身魂みがし」をして成長していくのが、「霊界物語」の重要なテーマの一つです。

「三五教」の特徴は、非暴力主義、無抵抗主義、言葉によって改心させる(言向け和す)ことです。

つまり、記紀神話の「天の岩戸開き」のように、天照大御神を騙して引き出すのではなく、その猜疑心をなくすのです。
また、記紀神話の「八岐大蛇退治」のように、武力によって倒すのではなく、言葉によって改心させるのです。

「三五教」に敵対するのは、「大自在天神」系の「バラモン教」と、「盤古大神」系の「ウラル教」、そして、「高姫」系の「ウラナイ教」です。

それぞれは、下記のような特徴があります。

 (宗教)  (主宰神)   (特徴)
・三五教  :正神系   :霊主体従(霊先体後):非暴力主義、説得主義
・バラモン教:大自在天神系:力主霊体(霊に偏向):暴力主義、権威主義
・ウラル教 :盤古大神系 :体主霊従(体に偏向):物質主義、個人主義
・ウラナイ教:高姫系   :インチキ、須佐之男尊に敵対

「三五教」は大本がモデル(あるいは、その逆)です。
「三五教」は、三葉彦神が創始した「三大教」と、埴安彦神が創始した「五大教」を合体させて生まれました。

「三」は天照大御神と須佐之男尊の誓約(うけひ)で生まれた三女神を、三葉彦神は王仁三郎を象徴します。
「五」は、同様に、五男神を、埴安彦神はナオを象徴します。 

「ウラナイ教」の名前は、「ウラル教」の「ウラ」と、「三五(あなない)教」の「五(ない、ナオの方)」を足したものです。
ウラナイ教は、大本の反王仁三郎派がモデルでしょう。
大本では、ナオが「表」、王仁三郎が「裏」とされ、「ウラナイ」とは王仁三郎の排除を意味します。


<大本の隠退・贖罪神話について>

「国祖」の隠退と復活の神話は、世界でも他に類を見ないものです。
ですが、類似した神話は様々なものがありますし、また、これを生み出した背景には様々な事項を考えることができます。

大本神話の特徴をモデル化すると、下記のようになるでしょう。

地上を主宰する天神(国常立尊)が、厳格すぎるゆえに主宰権を失って、さらに地上は乱れたが、復帰して終末後の神の国(みろくの世)を作る。

地上における主宰神(須佐之男尊)が、主宰権を失って堕天するも、贖い主となり堕天し、宗教的指導による救済を行い、終末の救世主(伊都能姫)を育成する。

また、両神の隠退は、単に主宰権の喪失だけではなく、八つ裂きのような肉体への刑罰、悪神の汚名、を伴っています。

これらは、広義では、堕天、終末論を伴う救済神話です。
ですが、その固有の特徴には、厳格さや慈悲深さに由来する贖罪が堕天の理由となって、悪神の汚名を着せられている点や、2霊統の統合がテーマになっている点などがあります。


<大本神話と旧約・新約神話>

須佐之男尊の「贖罪」に関しては、王仁三郎自身がキリスト教について言及しているように、キリスト教の贖罪觀念の影響を受けています。
王仁三郎自身(須佐之男尊)をイエス、ナオ(稚姫君神)を洗礼者ヨハネと比べるような記述もあります。

また、旧約から新約への変化は、「律法」から「愛」へという救済思想の変化ですが、これは、ナオ(国常立大神)の「厳の御霊」から王仁三郎(須佐之男尊)の「瑞の御霊」への変化とも対応します。
国常立神が律法を作った厳格な神であるのに対して、須佐之男尊は「言向け和」する慈悲深い神です。

また、大本の「立替え立直し」、「大峠」の思想は、一種の終末論なので、その点でも、新約との類似があります。
「贖い主」と「教主」としてのイエスが須佐之男尊ならば、「ヨハネ黙示録」の「終末の救世主」に相当するのが「伊都能姫」でしょう。

また、「霊界物語」への旧約の影響もあって、大洪水、アダムとイヴに対応する天足彦と胞場姫、「知恵の樹」の実に対応する「体守霊従」の果実などが明らかにそうです。


<大本神話とイラン系神話>

神道は多神教で、古事記には長い神統譜があります。
それに対して、キリスト教は一神教なので、大本神話との類似には限界があります。

古事記には、造化三神の段階があり、国常立尊の段階があり、伊邪那岐神の段階があり、天照大御神の段階があり、さらに天孫降臨後や国津神の段階などがあります。

こういった多層的な神統譜と、終末論的な救済神話を持つのはイラン系宗教(ゾロアスター教、ミトラ教、マニ教、ミトラス教)です。
これらには、根源神の段階、天体・気象神の段階、地上の救世神の段階、終末の救世神の段階がありますし、隠退と似た堕天の神話があり、世が堕落していく神話があります。

実は、キリスト教の終末論も仏教の弥勒信仰も、イラン系宗教の影響で生まれ、その救済神話を簡略化したものです。
さらに実は、大本が言う「みろくの世」という言葉も、仏教の弥勒信仰ではなく、ミトラ教の中国版である弥勒教が日本に伝来して生まれた、鹿島や富士講の「みろく信仰」に由来するものです。

王仁三郎は、イラン系宗教やその「みろく信仰」への影響については、ほとんど知らなかったでしょう。
ですが、多層的な神統譜と堕天や終末論的な救済神話を合わせ持つ神話は、必然的に似てきます。


ただ、ゾロアスター教と大本との間には、偶然ではない影響があるのかもしれません。

王仁三郎は、人間が、「黄金時代」、「白銀時代」、「赤銅時代」、「黒鉄時代」、「泥土時代」という五時代を経て、徐々に悪化すると考えました。
これに似た神話は、古くはゾロアスター教やギリシャ神話で語られ、仏教では末法思想という形で日本に伝わっています。

また、「艮の金神」が隠退していたのは3000年ですが、この3000年というのは、ゾロアスター教で区切りとされる年数で、アンラ・マンユが深淵に落ちていた期間も3000年です。

そして、大本では、隠退の3000年の後に、復帰のための50年の準備期間が設定されていましたが、ゾロスター教でも、最後のサオシャントが57年の神聖な統治を行った後に、最終戦争を向かえます。


イラン系堕天神話(原人間の殺害を含む)の核心は、堕天した、あるいは、殺害された神(マズダ、アーリマン)や神的な「原人間」が、人間の霊魂の奥底にある神性になったとする点です。
そして、救世主の与える霊的智恵によってその神性を顕在化させるのが救済です。

大本の隠退神話には、直接的にはこの側面がありません。
国常立尊の死せる霊魂が人間の霊魂になったわけではありません。

ですが、人間の霊魂は、天之御中主神の分霊(直霊・本守護霊)であり、国常立大神の隠退によって世が「体主霊従」になり、須佐之男尊の指導によって「霊主体従」に戻ると語ることは、ほとんど同じ思想を表現しています。


イラン系救済神話の現代版と言えるのが、ブラヴァツキー夫人の神智学です。
神智学は、秘教を抑圧したキリスト教に批判的で、その秘教的本源に遡って普遍主義志向で創造されたものです。
ですから、霊学の秘教的志向を持つ王仁三郎が、神智学の神話を知らず、キリスト教しか参照しなかったのは、実に残念なことです。

イラン系救済神話には、堕天したアーリマンの復帰を説くものがありますが、これは自由意志の獲得というテーマを内包し、秘密教義とされました。
神智学はこれを重視して取り込みましたが、大本神話にはこのテーマはないようです。

ちなみに、大本が提携したバハイ教も、イラン系宗教の現代版と言えますが、イスラム教の影響が濃く、神話的側面は希薄です。


<大本神話と日本の宗教・神話>

最後に、日本古来の伝統という点からいくつか述べてみます。

日本書紀は、陰陽思想を取り入れているので、大本の「火/水(厳/瑞)」の二元論による解釈の基盤があります。

そして、記紀神話の須佐之男尊には、すでに、おそらく結果的に、統合神、贖罪神という性質があります。

記紀神話の須佐之男尊の基本性質は、大気・水の循環(海・蒸発・雲・降雨・川・地下水)の神です。
ですから、王仁三郎が、須佐之男尊を「瑞の御霊」としたのは正しいのです。

そのため、昇天して太陽を隠す一方で、地上に下って豊穣をもたらし、穢れを浄化して地下に下る神なのです。
水の神には、天地の媒介神にして、贖罪神、復活神という性質があるのです。

ちなみに、折口信夫は、古代においては、丹波氏が水の神の巫女の家系だったと書いています。


日本には、記紀神話に対する、いわゆる「埋没神」の復活の潮流があります。
これは、天皇家や藤原氏、そして、天孫族の支配に抗する宗教伝統です。

これらの非主流派とされた神々は、記紀神話と律令神道の体制では、抹消されるか、悪神化されるか、矮小化されるか、記紀の神々へ改名をさせられました。

埋没神の復活というテーマは、古くは記紀以外の各氏族の古伝にもあり、三輪流神道や伊勢神道、教派神道にもあります。
また、神仏習合の中で、仏教系の神仏の姿をまとって復活した神々もあります。

歴史編で書いたように、大本の「艮の金神」=「国常立尊」の隠退と復活の神話の背景には、綾部の九鬼家の「鬼」、丹波の元伊勢外宮の「豊受大神」、海部氏の籠神社の元天照「火明命」などの「埋没神」とのつながりを感じます。


また、日本には、古来、荒魂即和魂で、祟る「荒魂」を祀って守護神の「和魂」にするという宗教観があります。

天津神の支配に屈して発現した国津神などの「荒魂」は、中世には「黒い翁」となり、「荒神(こうじん)」となり、「金神(こんじん)」となりました。

宗教観の変化の中で、「和霊」の「荒魂」化は、行き過ぎた厳格さが理由と見なされたり、主宰権の喪失と見なされたりしてもおかしくはありません。
そして、「荒魂」の「和霊」化は、慈悲深さという性質が必要だと見なされたり、主宰権の復活と見なされたりしてもおかしくはありません。

「荒神」は、中世に、一部で根源神にまで格上げされました。
「金神」の根源神化は、近世の金光教に始まり、大本で完全な姿になったと言えます。


大本の宇宙生成神話


王仁三郎が書いた大本の宇宙発生論(天地創造神話)を3種、紹介します。
「大本略儀」、「天祥地瑞」の冒頭、「霊界物語」の冒頭の宇宙生成論です。

「大本略儀」のそれは、古事記の霊学的に解釈といった感じのものです。

「天祥地瑞」の冒頭のそれは、天之御中主神以前(造化三神)の「幽の幽」の段階の天界の生成論で、「富士文献」の言霊学的解釈とされます。

「霊界物語」の冒頭のそれは、その後の話で、「(大)国常立尊」が地上の神政を始めるまでの話です。

これらは、全体としての特徴をまとめれば、大本の二教祖の霊統とその統合を基本テーマとして、古事記を霊学、言霊学によって解釈、拡張したものだと言えるでしょう。


<大本略儀の宇宙生成神話>

まず、大正5年に出口瑞月の口述という形で発表された「大本略儀」の宇宙生成論を紹介します。
ここには、まとまった形で、王仁三郎の思想が表現されています。
「霊界物語」とは違って、基本的には古事記に出てくる神々を、霊学的に解釈したものです。


まず、原初の存在として、「天之御中主神」がいます。
この神は、無限絶対、無始無終であり、「大元霊」、「大国常立尊」とも表現されます。

「大元」という表現は、伊勢神道や吉田神道以来のものです。

また、「天之御中主神」は、言霊としては「ス」です。
言霊学では、音声は言霊であり、神です。

原初の言霊を「ス」とするのは、中村孝道のアイディアに始まり、大石凝真素美が体系化しました。

「天之御中主神」は、「霊・力・体」の三元を配分し、自身と一体である宇宙万有を創造するので、「全一大祖神」とも表現されます。
宇宙も無限絶対、無始無終で、宇宙に発生するすべては、「小天之御中主神」です。

「天之御中主神」と宇宙の関係は、「放てば万有であるが、これを巻き収むれば、天之御中主神に帰一する」のです。
つまり、流出論的宇宙論、神観です。

ですが、「天之御中主」は、活動を開始しているので、静的状態に逆行することはありません。

「天之御中主神」の創造は次の4段階で行われます。

1 幽の幽:根本造化の経営:伊邪那岐、伊邪那美より前、神世六代まで
2 幽の顕:天の神界の経営:伊邪那岐、伊邪那美、三貴神など
3 顕の幽:地の神界の経営:天孫降臨から神武天皇より前
4 顕の顕:人間界の経営 :神武天皇以降

ですが、いずれの段階の創造も、未完成なのです。
ですから、人間の使命は、「天之御中主」が創造する天地経綸に従うことです。


「幽の幽」の段階では、まず、「天之御中主」は、相対的二元として、「霊」と「体」を生み出します。
これは「陽」と「陰」でもあり、「火」と「水」でもあります。

そして、神としては、「高皇産霊神」と「神皇産霊神」です。
この両神の活動によって時空が生まれます。

「天之御中主」は、活動の初めに、「陽」を主として、「陰」を従としました。
「大本霊学」では、これを「霊主体従」と表現します。

また、二元は結びつて「力」となります。

・霊(チ・ヒ):火:陽:高皇産霊神:父:左
・体(カラ) :水:陰:神皇産霊神:母:右
・力(チカラ):霊・体の結合で発生

「幽の幽」の段階の神で、地の創造に関わるのは、「国常立尊」と「豊雲野神」で、次のような特徴を持ちます。

・国常立尊:霊系:縦に大地の修理固定、根本の働きを司る
・豊雲野神:体系:横に天地の修理固定、気候風土など特色の働きを司る

大本によれば、今起こりつつある「立替え立直し」は、この二神が働きによります。
大本には、この二神は「艮の金神(出口ナオ)」、「坤の金神(出口王仁三郎)」として現れました。

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*王仁三郎が描いた国常立尊と豊雲野神


「幽の幽」の段階は、宇宙の内部の動きであって、現象として現れません。
ですが、「幽の顕」の段階の働きは、宇宙に現象として、天地の出現などとして現れます。
この世界は「天の神界」と呼ばれます。

「幽の顕」の経綸を主として担当するのは、体系では「伊邪那美神」、霊系では「伊邪那岐神」です。
言霊では、それぞれ「ア」と「ウ」です。

・伊邪那美大神:体系:ア
・伊邪那岐大神:霊系:ウ

そして、この二大基礎音から五大母音となり、五十声音となり、七十五声音となり、無量無辺の音声が鳴り響き、天津神々が生まれ、森羅万象が生まれました。

この二神から生まれた三貴神は、以下のような性質を持ちます。

・天照大御神:霊系:左:火:天の神界(高天原、至大天球)を主宰
・月読命  :体系:右:水:夜の食国を主宰
・須佐之男尊:両系:中  :地の神界(海原、地球)を主宰

また、この段階での宇宙における霊魂の働きは、「体」から言えば「天・火・水・地」の「四大」となり、「用」から言えば「奇・荒・和・幸」の「四魂」となります。

・用:奇・荒・和・幸の四魂
・体:天・火・水・地の四大

それぞれは次のように対応します。

・奇魂:天:霊の霊
・荒魂:火:霊の体:太陽
・和魂:水:体の霊:太陰
・幸魂:地:体の体


「顕の幽」の段階は、「地の神界」とも表現され、国津神はここに属します。

大地は宇宙の中心にあって、まず、日月星辰が分離した後で、最後に形成されました。
大地には、天津神の分霊が国津神の霊魂として宿っていて、大地の形成は国津神の発生と同時の出来事です。

大地を主宰する「須佐之男尊」は、高天原を主宰する霊系の「天照大御神」との関係では、体系となります。
そして、「須佐之男尊」は、「瑞の御霊」を持つ「変性女神」であり、「天照大御神」は、「厳の御霊」の御霊を持つ「変性男神」です。

「地の神界」の経綸は、この両神の誓約(うけい)によって生まれました。
これによって生まれた三女神は「変性女子」の御霊=「瑞の御霊」を持ち、五男神は「変性男子」の御霊=「厳の御霊」を持ちます。

・須佐之男尊→三女神:変性女子の御霊=瑞の御霊
・天照大御神→五男神:変性男子の御霊=厳の御霊

この両者を統一して完全なものになるのが、「伊都能売の御霊」です。
「伊都能売神」は、古事記に名前のみ登場する神です。
王仁三郎は、ナオが亡くなった後に、自分に「伊都能売」の御霊が降りたとしています。


以上、「須佐之男尊」は、三貴神としては統合の立場で生まれていますが、「天照大御神」と対となった後の統合の立場にあるのは、「伊都能売神」とされます。


<天祥地瑞の言霊宇宙生成神話>

1921(大正10)年に、王仁三郎が口頭著述を始めた「霊界物語」は、81巻まであり、12巻ごとにまとめられてタイトルが付けられています。
73巻以降は「天祥地瑞」と呼ばれ、72巻までとは独立した作品です。
72巻までの「霊界物語」が過去の現界の物語であるのに対して、「天祥地瑞」は大過去の霊国の物語とされます。

「霊界物語」は全体で、120巻を予定していたとされます。
ですが、72巻までの「霊界物語」、「天祥地瑞」ともに、物語が中途半端に終わっていて、未完のようです。

「天祥地瑞」は、天之御中主神以前(造化三神)の「幽の幽」の世界で、「富士文献(宮下文献)」の言霊解釈とされます。
「富士文献」では、天之御中主神以前の7代の神を語り、それを「天の世」とします。
富士の高山や噴火を表現する神々です。
そして、天之御中主神以降が「天之御中の世」とされます。

ですが、「天祥地瑞」には多数の神々が登場しますが、ほとんどは聞いたことのない名前の神々で、「富士文献」の7代の神はごく一部しか含まれません。

ここでは、「天祥地瑞」の冒頭の「紫微天界」の生成に関する部分を紹介します。


原初に、大虚空に極微なる一点「ゝ(ほち)」が顕れ、これが霊気を産出し、円形を作ります。
円形は微細な気を放射して円形の圏を描いて元の円形を包み「⦿(ス)」の形になりました。

原初の音を「ス」とするのは、中村孝道のアイディアをもとにした大石凝真素美の説、それを「ゝ(ほち)」と「○」で表現するのは、山口志道に由来するものです。

言霊学では、音声は言霊であり、神です。

この「ス」の言霊の働きを、「天之峯火夫の神」、「大国常立神」、「主(ス)の大神」と呼びます。
「天之峯火夫」は、「富士文献」の原初神です。
「ス」の言霊宇宙は、極微の神霊分子が動きまわっている状態です。

この「ス」が限りなく膨張して「ウ」=「宇迦須美の神」となりました。
「ウ」は「体」を生み出す根元です。

ちなみに「ウ」を原初の言霊としたのは平田篤胤です。

「ウ」が上昇して「ア」=「天津瑞穂の神」を生みました。
また、「ウ」が下降して「オ」=「大津瑞穂の神」を生みました。
また、「ウ」は神霊の元子と物質の原質を生みました。

そして、「天之峯火夫の神(ス)」と「宇迦須美の神(ウ)」の働きで、大虚空に「天津日鉾の神」が出現しました。
この神は、やがて言霊の原動力となって、75声の神を生んで、至大天球を創造します。

「天津瑞穂の神(ア)」と「大津瑞穂の神(オ)」が結びついて、「タ」の言霊である「高鉾の神」と、「カ」の言霊である「神鉾の神」を生みました。

この両神は左遷・右旋して円形を作りましたが、これが「マ」の言霊である「天津真言の神」です。

「タカアマ」の言霊が、際限なく虚空に拡がって「ハ」の言霊である「速言男の神」が生まれました。

「速言男の神(ハ)」が右に左に廻って螺線形をなして「ラ」の言霊を生みました。
高天原の「六言霊(タカアマハラ)」の活動によって、大宇宙は形成され、霊子の根元と物質の根元、天地の基礎が作られました。

ちなみに、「タカ・アマ・ハラ」という言霊を原初の言霊としたのは吉田兼倶、「タカマガハラ」という6声の言霊で至大天球(高天原)ができるとしたのは大石凝真素美です。

1 ス=天之峯火夫の神(大国常立神、主の大神)
2 ウ=宇迦須美の神
3 原動力=天津日鉾の神
4 ア=天津瑞穂の神
5 オ=大津瑞穂の神
6 タ=高鉾の神
7 カ=神鉾の神
8 マ=天津真言の神
9 ハ=速言男の神
10 タカアマハラ=高天原


次に、「六言霊」は鳴り続けて、「火」、「水」を発し、光を放ち、霊線を放ち、徐々に5層(紫微圏(天極紫微宮界)、蒼明圏、照明圏、水明圏、成生圏)を形成しました。

次に、「主の大神」は、「高鉾の神」、「神鉾の神」に高天原を形成させました。
そして、諸神は「紫微圏」層に住みました。

次に、「タカアマハラ」の言霊から生まれた「天之高火男の神」が「天之高地火の神」と共に、「タカ」の言霊によって天界の諸神を生み、「紫微宮」を作りました。

この両神は「富士文献」に出てくる神です。

「紫微圏」の霊界を「天極紫微宮界」と言い、「タカ」の言霊が鳴り輝き、75声の神々を生みました。


また、「速言男の神(ハ)」は、霊・力・体の「三元」で、七神を祀る大宮を作り、「大太陽」を生みました。

大宮が完成すると、「速言男の神(ハ)」は、「一二三四五六七八九十百千万(ひふみよいむなやここのたりももちよづ)」と祝歌を謡いました。

また、左を守る「言幸比古の神」は、「アオウエイ、カコクケキ…パポプペピ」と言霊を縦に宣り上げました。
そして、右を守る「言幸比女の神」は、「アカサタナハマヤラワガザダバパ…オコソトノホモヨロヲゴゾドボポ」と言霊を横に宣り上げました。

また、宮に仕える「日高見の神」は、祝言の歌を宣り奉りました。
「言幸比女の神」も言霊の幸を歌いました。


次に、「天の道立の神」は、「ウ」の言霊から生まれて、四柱の神に昼と夜を分かち守らせ、神業に活躍し、諸神を安住させました。
ですが、妖邪が発生したので、天の数歌、大祝詞を奏上してこれを消しました。

「天の道立の神」が大幣を振ると、「太元顕津男の神」がやって来ました。
「太元顕津男の神」は、「ア」の言霊から生まれて、西南(坤)の空を修理固定した神です。

「天の道立の神」は、「太元顕津男の神」に、高地秀の峯に降りて、神生み(国魂の神)、国生みを命じられました。

「太元顕津男の神」は、高地秀の峯で言霊を奏上し、大太陰(天界の月)を生み、「高野比女の神」を妻として、高地秀の宮に住みました。

「天の道立の神」は紫天界の西の宮の神司として、神人の教化に専念しました。
一方の「太元顕津男の神」は東の国なる高地秀の宮に神司として、霊界における霊魂、物質両面の守護を行いました。
そして、「太元顕津男の神」は、「みろく(至仁至愛)の神」となって大太陰界に鎮まりました。

・天の道立の神 :厳の御霊:ウ:大太陽
・太元顕津男の神:瑞の御霊:ア:大太陰:みろくの神
・伊都能売神  :厳と瑞の御霊

そして、厳・水の二つの御霊を合わせ持ち、「みろく神政」を樹立する神が、「伊都能売神」です。
現在は、とうとう「伊都能売神」が地球に現身をもって現れて、神業を行う世になりました。


この後は、「太元顕津男の神」の神生み、国生みの旅の物語となります。
「太元顕津男の神」は、八十柱の比女神を授けられて、紫微天界を旅して、比女神と出会い、御子の国魂神を生み、言霊を奏上して国土を修理固成していきます。


<霊界物語の宇宙生成神話>

「霊界物語」は、王仁三郎が明治31年に高熊山の霊的体験で見た幽界・神界の物語とされます。
王仁三郎が主人公で、木花咲耶姫の使者・松岡芙蓉仙人に導かれて、幽界と神界の旅に出るところから始まります。

「霊界物語」は、世界を舞台にした太古の物語で、中心テーマは、国祖とされる「国常立尊」の隠退と復帰、「素戔嗚尊」の贖いと救世、そして、宣伝師の伝道と成長の物語です。

それらは悪との戦いの物語でもありますが、原則として、正神たちは、武力を否定し、「言向け和す」ことによって悪の改心を目指します。

ですが、「すべて宇宙の一切は…善悪一如にして、絶対の善もなければ、絶対の悪もない」と最初に語られるように、勧善懲悪を否定しています。

以下、1巻20章から語られる、宇宙生成の部分を紹介します。


混沌の中に、球体の凝塊が顕れ、目の届かない広がりに至りました。

その球形の真ん中に金色の円柱が立ち上がって左遷し、星々を飛び散らせました。
そして、「金色の竜体」になり、多数の竜体を生み、竜体が通ったところに山脈、海ができました。
「金色の竜体」は、「大国常立尊」と呼ばれます。

一方、海の中から銀色の円柱が立ち上がって右旋し、種々の種物を飛び散らせました。
そして、「銀色の竜体」になりました。
「銀色の竜体」は、「坤の金神(豊雲野神、豊国姫命)」と呼ばれます。

次に、「金色の竜体」の口から太陽、「銀色の竜体」の口から太陰が生まれました。
太陰が地上の水を吸い上げ、地が固まると、二つの竜体は人の形の霊体になりました。

太陽の世界では伊邪那岐命が「撞の大神(天照大御神)」を招いて天上の主宰神にしました。

次に、「白色の竜体」が、一番力のある神の「素戔嗚大神」になりました。
また、この神から白色の光が放たれて「月夜見尊」となって月界の主宰神になりました。

・金色の竜体:大国常立尊(艮の金神)→太陽
・銀色の竜体:豊雲野神 (坤の金神)→太陰
・白色の竜体:素戔嗚大神      →月夜見尊


次に、「大国常立命」は、地上霊界の主宰神「国常立命(国祖、国治立命)」となり、「地の高天原(聖地エルサレム)」で神政の指揮を執りました。

そして、十二の神々を生み、動・植・鉱物を形作って、地上を実りある世界にしました。
また、「日の大神」と「月の大神」の霊魂を授与して、肉体は「国常立尊」の主宰として、人間を作りました。

一方では、天地間に残滓のように残っていた「邪気」は、凝って悪竜、悪蛇、悪狐といった「邪霊・邪鬼」となり、神々に憑依し、世を混乱させようと企てました。

「国祖」は、厳格な「天の律法」を制定しました。

また、太陽の陽気と太陰の陰気を吸って、「稚姫君命(稚桜姫命)」を生み、聖地エルサレムにある「竜宮城」で宰相として神政を担いました。
「稚姫君命」は、生まれ変わって出口ナオになったとされる神です。

そして、地上現界の主宰は、「須佐之男命」に委任しました。
「素戔嗚大神」の地上現界における姿が「須佐之男命」です。

   (霊界の主祭神)   (現界の主祭神)
太陽:伊邪那岐(日の大神):天照大御神(撞きの大神)
太陰:伊邪那美(月の大神):月夜見神
地球:国常立尊      :須佐之男尊


出口王仁三郎と大本の歴史2(伊都能売の霊統)


出口王仁三郎と大本の歴史1(厳/瑞の二霊統)」から続くページです。

前のページは、主に、大本の二大教祖だった出口ナオと出口王仁三郎の二人の霊統(厳の御霊/瑞の御霊)が、結合し、対立していた時代を扱いました。

このページでは、主に、ナオ亡き後、王仁三郎が2つの霊統を統合(伊都能売の御霊)して体現したとする以降の時代を扱います。

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<鎮魂帰神法>

1917(大正6)年に創刊された機関誌「神霊界」では、王仁三郎は、本田霊学や鎮魂帰神法、そして、大石凝真素美らの言霊学、言霊学による記紀解釈などを紹介しながら、大本霊学を構築しました。

鎮魂帰神法は、当時の日本で流行し始めた心霊主義、心霊への興味と合致していたため、多くの人が大本教に足を運んでそれを体験しました。
そして、それが入信者の増加につながりました。

「神霊界」を創刊の前後から、大本には、学者や軍関係者、政治家などの入信者が増え始めていました。
ラフカディオ・ハーンの弟子で、有名な英文学者であり、横須賀の海軍機関学校の英語教官だった浅野和三郎もその一人です。

王仁三郎は、浅野を「神霊界」の編集長に起用しました。
浅野は、大本で審神者の才能も発揮し、「神霊界」でも鎮魂帰神法を宣伝して大本の信者獲得に寄与しました。
他にも、後に王仁三郎とは別の形で霊学を総合し「天行居」を開いた友清歓真や、「生長の家」を開いた谷口雅春、「世界救世教」を開いた岡田茂吉も参加していました。

こうして、大本は、大正10年に弾圧が起こる頃までには、信者が30万人ほどに達しました。

浅野らは、大本の鎮魂帰神法を、誰もが神人合一を体験できる方法と宣伝しました。
ですが、実際には、憑いている狐や先祖の霊を落とすことで、心身の治療を行うものとして使われました。
大本幹部の中では、「病気鎮魂」という言葉が使われていました。

ちなみに、後の1923(大正12)年、王仁三郎は、鎮魂帰神法を原則的廃止し、関東大震災後に、「み手代お取次」を導入しました。
これは、鎮魂瞑想と祝詞によって、取次人が霊界と合一し、病人にしゃもじを当てて霊的エネルギーを丹田から注ぐというものです。

王仁三郎は、鎮魂帰神法は、特別な能力・資質を持った人間でないと、無意味で危険であると考えていました。
ですが、鎮魂帰神法は、大本の信者、信者獲得のための治療方法として機能していましたので、鎮魂帰神法のソフト・ヴァージョンを作った、ということでしょう。

「み手代お取次」は、大本以前の教派神道が使っていた方法を参考にしたものでもありましが、その一方で、大本以降の新興宗教の方法の起原にもなりました。


<霊界物語>

1919(大正8)年、出口ナオが亡くなり、澄が二代教主となりました。
王仁三郎は、ナオに変わってお筆先を書くようになりましたが、これを「いづのめしんゆ(伊都能売神諭)」と呼びます。

これは、王仁三郎の御霊が、自身の「瑞の御霊」に加えて、ナオの「厳の御霊」を兼ね備えた存在である「伊都能売」になったことを示しています。
王仁三郎が「弥勒の神」であれば、「厳の御霊」が降りても不思議はありません。

王仁三郎は、「伊都能売」について、根源神であって、豊受大神、木花姫命、観音菩薩であるとも書いています。

また、同年、大本は丹波の亀山城跡を買い取り、ここに本部を置きました。

そして、1920(大正9)年には、大正日日新聞を買収して、これを使って大本の広報を行うようになりました。


「神霊界」誌上では、1917年頃から、浅野らが、お筆先を解釈して「立替え立直し」の「大峠」が、1920(大正10)年に起きると主張して、「神霊界」でも大きく訴えました。
ですが、王仁三郎は、この是非に関して明言せず、この年に大本にとっての「大峠」が起こると予言していました。
ちなみに、この年は中国で革命の年とされた辛酉の年です。

運命の1921(大正10)年、浅野の予言した「世の大峠」は来ず、王仁三郎の予言した「大本の大峠」が起こりました。

この年、不敬罪、新聞紙法違反を問われた「第一次大本弾圧事件」が起こったのです。
綾部の本宮山神殿は取り壊され、80名が拘束されました。

ですが、王仁三郎は同年に仮保釈され、後の昭和2年に、大正天皇崩御にともなう大赦で無罪となりました。

「大本神諭」が発禁となったため、新たな聖典が必要となったこともあって、王仁三郎は、「霊界物語」の著述を開始しました。

「霊学物語」では、王仁三郎が救世主であり、大本の主体であり、ナオは補助的な役とされます。
また、天照大神をほとんど悪神のように描き、素戔嗚命を善神の救世主として描きます。

この方針展開と共に、浅野、友清らは大本を去りました。
浅野は心霊主義者となり、友清は本田流の鎮魂帰神法の立場から大本を批判し、独自の霊学を追求しました。


<民族主義から普遍主義へ>

1922(大正11)年、王仁三郎は、バハイ教の宣教師アイダ・フィンチと知り合い、ババイ教のエスペラントの導入、世界的人道主義などの普遍主義の影響を受けました。
そして、ババイ教と提携し、万教同根を主張するようになりました。

これを機に、ナオのお筆先が外国排除の思想を持っていたのに対して、王仁三郎は大本を普遍主義へと転向させていきます。
そして、1923(大正12)年、中国の道院(紅卍字会)と提携を行うなど、世界の多数の教団と提携を進めていきました。

1924(大正13)年、王仁三郎は、「五六七神政大国建設」のため、世界の艮である日本から、モンゴルを経て、世界の坤であるエルサレムを目指す旅に出ました。
これには、大本の信者であり、合気道の創始者、植芝守平もSPとして参加しました。
王仁三郎は、この時、ダライ・ラマを名乗り、大本ラマ教を宣言しています。

ですが、ソ連軍に行く先を阻まれ、満州軍につかまって送還されました。
しかし、日本の一般国民には、王仁三郎の試みが肯定的に受け止められたようです。
政治家の鳩山一郎も王仁三郎を称賛したようです。

1925(大正14)年、王仁三郎は、「世界宗教連合会」、「人類愛善会」を設立し、大本を「万教同根」の普遍主義的を掲げる教団へと変容させました。

1928(昭和3)年3月3日、王仁三郎は56歳7ヶ月になりました。
これは、大石凝満素美が、弥勒が下生すると考えた年齢です。
この日、みろく大祭という儀式を行い、大本の役員全員が一旦辞職し、翌日に新人事で再結成されました。
この年も、辰年でした。

1931(昭和6)年、日本の艮と坤に当たる北海道の芦別山と、鹿児島喜界ケ島の宮原山を開く神業を行いました。
これは、大本の艮と坤で行った神業に続いて、日本の艮と坤で行うものでした。

これは、大本の三段の「雛型経綸」の理論、つまり、大本で起こったことは日本で起こり、日本で起こったことは世界で起こる、とする理論に基づくものです。

1933(昭和8)年、「霊界物語」の73巻以降に当たる「天祥地瑞」の口述を始め、翌年まで続けました。
これは、「富士宮下文献」を言霊学によって解釈し、天之御中主神以前の神話を描くものです。


<第二次弾圧>

1934(昭和9)年、大本は、愛国団体「昭和神聖会」設立しました。
会員・賛同者は800万人に達し、創立発表会では内務大臣、衆議院議長らが祝辞を述べました。

1935(昭和10)年、治安維持法、不敬罪違反を問われた「第二次大本弾圧事件」が起こりました。
警察は、内務省より大本のかけらも残すな、との指示を受けていました。
亀岡、綾部のすべての神殿などが徹底的に破壊され、出口ナオの墓は掘り起こされ、信者の納骨堂まで破壊され、1000人以上が尋問・暴行を受けました。
そして、翌年には、大本に解散命令が出されました。

王仁三郎は、警察を意図的に挑発して弾圧事件を導いたと指摘する人もいます。
この見方によれば、大本の雛形経綸によって、大本を一旦潰すことが、日本を潰し、世界を潰すことにつながり、それによって立替えが可能となると考えていたのです。

例えば、王仁三郎は、大本弾圧が、日本の敗戦による武装解除につながり、それが世界の武装解除につながると考えていたようです。
また、大本が潰れることで、従来の世界のすべての(ニセモノの)宗教を潰すことができると。


<愛善苑>

王仁三郎は、1942(昭和17)年になって保釈されました。

王仁三郎は、1943(昭和18)年に大本の雛形の立て替えの地の準備作業が終了した、と宣言しました。

王仁三郎が晩年に読んだ歌によれば、ナオが神懸りになった明治24年に、艮の金神の隠退の3000年が終わり、その50年後の昭和18年に、「地の準備神業」を終えたのです。
つまり、大本の雛型を作る神業が終わり、「艮の金神」が本格的に現れ始めるということでしょう。

1945(昭和20)年、王仁三郎の無罪判決が決まりました。
そして、その翌年の1946(昭和21)年、王仁三郎は大本に代わる「愛善苑」を設立しました。

お筆先によれば、神は立替えについて人民に九分九厘までは伝えるけれど、最後の一厘は伝えられません。
そこでどんでん返しが起こるけれど、それは教えることができない、とされます。
これを「一厘の仕組み」と呼びます。

「霊界物語」では、「稚姫君命」らが、竜宮島と鬼門島(冠島と沓島)に隠した宝珠を、「国常立尊」が体と霊に分けて、その霊をシナイ山の山頂に隠したことを「一厘の仕組(あるいは、一輪の仕組)」と呼びます。

大本が「艮の金神」を世に出すためとして行った「沓島・冠島開き」は、体の方だったということでしょうか。

また、王仁三郎は、「伊都能売神諭」で、自分がその一厘を握っているとほのめかしています。

その一方で、王仁三郎は、「霊界物語」で、「いま大本にあらはれた変性女子はニセモノだ…いづれ現はれ来たるだろ。美濃か尾張の国の中…」と、後に託すようなことを書いています。

そして、1948(昭和23)年、王仁三郎は、亀岡の天恩郷瑞祥館で亡くなりました。


<その後>

王仁三郎が亡くなった後、「愛善苑」の第二代苑主には、王仁三郎の妻で、ナオの娘の澄子が就任しました。
澄子は、お筆先で、地上の金神である「金勝要(きんかつかね)の神」の御霊とされ、継承を指名されていました。
そして、澄子は、翌年の1949(昭和24)年に、「大本愛善苑」と改名しました。

1952(昭和27)年には、澄子が亡くなり、長女の直日が三代教主に就任し、同年に、「大本」に改名しました。

ですが、その後、大本は分裂します。

大本の教主は、国常立尊の御霊を持つ、出口家の娘が継承するルールとなっていました。
そして、直日の次の教主は、王仁三郎がナオの生まれ変わりとして継承指名していた、直日の長女の直美が予定されていました。

ところが、直美とその夫で斎司会を仕切る栄二の勢力と、長男の京太郎が仕切る教団執行部とに争いが生じました。

そして、教団執行部は、1982年に、嫁いでいた三女の聖子(きよこ)を継承者とし、1990(平成2)年に、直日が亡くなると、四代教主に就任させました。

一方、栄二らの勢力は、1981年に「出口栄二を守る会」を結成、後に「出口直美さまを守る会」、「大本信徒連合会」となりました。

また、王仁三郎の孫の和明は、1980(昭和55)年、に「いづとみづの会」を結成し、1986(昭和61)年に、王仁三郎を永久教主とする「愛善苑」を設立しました。

反教団側は、聖子の教祖就任を、王仁三郎が生前に予言していた、内部から起こる3度目の大本事件であると教団を批判しています。
また、「愛善苑」は、「霊界物語」でインチキ教団が「大本」を名乗ると予言していたことが起こっていると批判しています。



*出口王仁三郎と大本のコンテンツ